#72【エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス】ep.2「映画冒頭、音楽の話」
※この記事はPodcast番組「映画にみみったけ」内のエピソード#72にあたる内容を再編集したものです。
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【エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスについて】
2022年公開(日本2023年公開)
監督:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
音楽:サン・ラックス
登場人物
エヴリン・ワン・クワン:
コインランドリーを経営する女性。
ジョイ・ワン:
エヴリンの娘。
ウェイモンド・ワン:
エヴリンの夫。
ゴンゴン:
エヴリンの父。
ディアドラ・ボーベアドラ:
国税庁の職員。
ジョブ・トゥパキ:
マルチバースでのジョイ。
【前回の振り返り】
前回は位相について、音の特性を活かした新しい表現と月の光の演奏理由についてみてきました。
位相の使い方は面白いですね。
マルチバースの世界の音が聞こえてくる時、位相のような音声の音が使われることで、違和感を感じる作りになっていて、世界線の違いを表現していたなんて話をしました。
月の光は映画を見て気づいた方もいたとは思うのですが、エブリンさんとディアドラさんとのやりとりの時演奏されていました。
非常に大胆なアレンジがされていて、ハーモニーに緊張感を持たせることで、状況に合わせた楽曲へと変貌させいたのも見事でしたね。
【冒頭のシーンで使われた音】
この映画の冒頭で使われていた楽曲がとてもおもしろい作りになっていたので、今回はその話をしたいと思います。
冒頭のシーンで演奏されるのは、アップルミュージック Everything Everywhere All at Once オリジナル モーション ピクチャー サウンドトラック 3曲目に収録されている「ベリービージー」という楽曲で聴くことができます。
この楽曲が演奏されるのは、領収書の整理や忙しいコインランドリーの経営、家族関係などが描かれる本当に冒頭のシーンです。
演奏の始まりは、
2:20
領収書の整理や仕事のこと、ご飯支度などでとにかく忙しいエブリンさんと落ち着かせるウェイモンドさんのシーンです。
この楽曲はとにかくさまざまな音が登場します。
そしてなにが面白いって、日用品というか部屋にありそうなものの音を模していることです。
日用品を模した音1 時計
たとえば、ストリングス(弦楽器)のピチカートの音もしくはシンセサイザーの音が登場します。
この音、時計の音に聞こえてくるんですね。
この音は、父のゴンゴンさんがエブリンさんを呼んだ時に演奏されはじめます。
これはそれまで、ウェイモンドさんが優しい言葉をかけてくれてちょっとチルい感じになっているんですね。
その空気を割るようにゴンゴンさんの呼ぶ声がするわけです。
この時計のような音はエブリンさんがとにかくせわしなくしている時に演奏されています。
日用品を模した音2 蛇口をひねる音
他にも楽曲「ベリービージー」の1:10あたりから蛇口を捻ったような音が登場します。
これは娘のジョイさんのガールフレンドのベッキーさんが家に来た時から演奏されます。
日用品を模した音3 フライパン
さらに楽曲の1:22あたりではシンバルのように聴こえるのですが、シンバルにしては厚みのある金属のような音がします。
この音をフライパンと見立てると面白いです。
楽曲の1:10あたりは、料理を作っているシーンなのでちょうどリンクするんですよね。
映像に合わせた演奏
そして楽曲としての展開も面白く、このシーンの音楽は映像に合わせて演奏されています。
それはコインランドリーの経営状況や家族の関係性、エブリンさんの落ち着きのない性格などがこの5分くらいに一気に集約されているためですね。
そのため場面に合わせて音楽の方向性がコロコロと変容します。
エブリンさんを中心にさまざまな出来事を音楽と場面展開で表現しています。
まずはウェイモンドさんとのやりとりですよね。
ここは非常にチルい感じの空気感に合わせたアンビエントの展開ですが、その後ゴンゴンさんの呼び声でミッドテンポですが忙しい感じの展開になります。
そしてジョイさんとベッキーさんの登場ではバラードになったりと音楽が絶えず変化しながら演奏されています。
最初に演奏が止まるシーンはウェイモンドさんとお客さんのリックさんがダンスをしてちょけているシーンですが、ここではテレビからインド映画?が流れていて、その劇中音楽が演奏されています。
ので、はじめて演奏が止まるシーンはジョイさんが帰ってしまうシーンですね。
このシーンは映画ラストのエブリンさんとジョイさんのやりとりのオマージュと言いますか、ラストがこのシーンのオマージュと言いますか、車の前で2人が話すシーンです。
ここまでの間に効果的に演奏がストップされる以外は演奏がされ続けています。
映画で音楽が演奏されない時は、重要な会話が登場する時や現実味を出す時です。
そのためこの映画ではエブリンさんとジョイさんの関係が重要で、映画冒頭からそのことを伝えています。
ど頭からかなり濃いですよね。
映画を注意深く見ていたり、何度も見返すとわかる仕組みになっているということでした。
他の楽曲にも登場するベリービージーの音 シーン1
そしてこの楽曲に注目した理由はもう一つあります。
この楽曲に登場する音なのですが、他の楽曲にも登場してきます。
例えば2:20冒頭のチルいシーンで登場した音が
11:26
ジョイさんが車で去ってしまうシーンで演奏されるのがOST 5曲目に収録されている「ワット アー ユー シンキング アバウト?」という楽曲なのですが、その楽曲で使われています。
このシーンはうまく会話のできない家族が、思いのすれ違いでジョイさんが嫌な去り方をするシーンです。
さらにこの楽曲はエブリンさんが家に帰り父の世話や書類整理をしているシーンにもかかっています。
これはのちにわかるシーンなのですが、父のゴンゴンさんはかつてエブリンさんがウェイモンドさんと結婚する際に、娘を追うことをしませんでした。
というか諦めています。
この娘を行かせるというのは諦めと同義として扱われていて、このシーンでは行ってしまったジョイさんが昔の自分に重なる、娘を諦めてしまっている自分がゴンゴンさんと重なるなんとも悲しいシーンなんですよね。
そしてエブリンさんにとってのウェイモンドさんはジョイさんにとってのベッキーさんですよね。
ここも重なり、ウェイモンドさんが落ち着かせてくれた時に演奏されていた音楽が、ジョイさんが去った時の音楽に使われているのはなんとも胸がクっとなるような演出です。
他の楽曲にも登場するベリービージーの音 シーン2
さらに
17:40
初めてバースジャンプするシーンなんですが、ここではOST 7曲目に収録されている「スイッチ シューズ トゥ ザ ロング フィート」という楽曲が演奏されます。
ここで登場する音に蛇口のような音といったおそらくストリングスが使われていたり、この他にも
他の楽曲にも登場するベリービージーの音 シーン3
13:22
エレベーターで別バースのウェイモンドさんがエブリンさんに説明するシーンで、OST 6曲目に収録されている「ホワット ア ファスト エレベーター」という楽曲が演奏されています。
ここでも時計のような音と形容していた音が使われています。
このようにさまざまなシーンで冒頭に使われていた音が繰り返し登場しています。
多彩な楽曲の数々が演奏されている映画ですが、冒頭の音楽にはとても趣深い演出が仕込まれていました。
【また音の定位】
前回マルチバースからの音は位相がズレている感じがするという話をしたのですが、今回はそれが楽曲にも反映されていると言うか、ちょっと不思議なミックスをしているという話をしたいと思います。
なにがちょっと不思議なのかというと多くの音が真ん中を避けているということです。
イメージですがこのような感じです。
(MS処理をかけた音)
多くの音がこのような処理をかけられていて、真ん中がぽっかり空いたような音の構成になっています。
ただ例外でオーケストラ楽器はどちらか一方から鳴っていて、効果的に左右に移動する音や効果音的に使用されているパーカッション、ダブステップのようなダンスミュージックのキックなどは真ん中に配置されていますが、他の音は真ん中を意図的に避けているように感じます。
意外と例外が多かったですが、このように左右対称に近い印象を楽曲の全体像から感じます。
だから意図的に左右のシンメトリーから逸脱する音は目立って効果的に感じます。
さらにこの音というのは、全く同じ音を左右に配置するんではこの効果は得られません。
若干違う音、もしくは全く同じ音が0.数秒0.0数秒という極めて短い間隔でズレている場合にこのような効果が得られます。
例えば前半でも話したOST 3曲目 「ベリー ビージー」でもこれらの音が登場します。
楽曲冒頭の音は左右で違う音が演奏されていたり、蛇口を捻ったような音は、左右で演奏タイミングが若干ズレて演奏されているためにこのような効果を生んでいます。
これを映画に当てはめると、マルチバースはほんの些細なことから違う世界線が生まれて、無限の方向へと伸びていくというのがこの映画の見解のひとつです。
その微妙にズレた演奏タイミングや左右で極めて似ているけど若干違う演奏がされているのは、どこか似ている気もします。
そして楽曲全体を通してシンメトリーのような音構成が多いことも気になります。
これはどこか潔癖のようにも感じられて、人間味のないと言いますか理路整然としたような印象を受けます。
ダンスミュージックやエレクトロニックな捉え方もできますし、SF感があるともいえます。
さらにシンメトリーにすることで、左右にフラフラと定位が移動する楽器が妙に有機的と言いますか、生きているように聴こえさせる効果も持たせています。
これらは映画を観ていても感じる、とても不思議な音構成ですよね。
さらにこれはこじつけかもしれませんが、音の真ん中を抜いているのは、映画にも何度も登場したエブリシング・ベーグル?あのベーグルの形をした重要なヤツにもどうもシンクロするように感じます。
とくに丸は映画内でも多く登場しますよね。
初めの鏡だったり、石だったり、アルファバースからゴンゴンさんが初めてきた時に後ろに置いてあったオブジェとか、歌っている世界線のエブリンさんの背後にあるセットだったりとさまざまなシーンで丸が登場しています。
そのなかでも真ん中に穴の空いたベーグルを想起させるものは多く登場します。
これらが楽曲の持つ真ん中を開ける手法と直接的に関係があるかはわかりませんが、イメージの共有として作られていたらとてもおもしろいですよね。
ここでちょっと脱線といいますか、音楽とは関係ないのですが、映画冒頭のシーンで描かれているエブリンさん一家は映画の主軸となる世界線のエブリンさん一家ですよね。
ただこの忙しくしているエブリンさん一家は鏡の中の世界なんです。
これは映画冒頭に登場した、カラオケ?をしているエブリンさん一家が鏡に写っていて、でかい音が急に止まり鏡に忙しそうにしているエブリンさんが映ります。
そのままカメラは鏡の中に入っていって、映画はスタートしています。
それと監視カメラの映像が一瞬砂嵐のような画面になる時も世界線のマップ?が一瞬映っています。
「キャルキュレーティング ルート」(calculating route)と一瞬表示されます。
ルートを計算中的な意味ですかね。
その後ウェイモンドさんの写っている画面に「エスタブリッシング コネクション」(establishing connection)と一瞬表記されます。
これは接続を確立する的な意味ですかね。
その後、ジョイさんは車で帰ってしまい、領収書の整理をしていると、謎のエブリンさんを呼ぶ中国語の声が聞こえてきてパート1がスタートします。
この一連がいわば序章というわけなんですよね。
この冒頭が映画を見直した時にとても効果的といいますか、考えさせられる種になって、イメージを膨らませる作りになっていますよね。
ちょっと脱線しましたが、とにかく不思議だけどとても魅力的な映画でした。
【エンディング】
2回にわたってエブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスをみてきました。
本当に音楽以外にも話す話題が多い作品で、気になることを話したくなる映画でした。
前回は位相について、音の特性を活かした新しい表現と月の光の演奏理由についてみてきました。
位相も面白かったですね。
映画の根幹であるマルチバースの表現として、映画の中でも新しい方法を取り入れていて、今後この手法を応用した作品が登場してきそうですね。
月の光もとても効果的に使われていて、あの二人のライトモチーフのようにも機能していました。
ディアドラさんの飛び膝蹴りのシーンでは、月の光のフレーズをアイ ラブ ユーのコーラスに変えていたのも、のちの伏線になっていたり、そのシーンでアイ ラブ ユーを言わなきゃいけなかったりと、とてもユーモアのある演出でしたね。
ユーモラスなSF作品で、休みの日の昼過ぎくらいに観たくなる感じがしました。
サブスクリプションでは今回はA24作品から「ミッドサマー」をやろうとおもいますので、興味のある方はぜひ聴いてみてください。
次回はズートピアをやろうと思います。
これまたユーモラスな、ウォルトディズニー通算55作目となる3Dアニメーションですね。
音楽はマイケルジアッチーノさんですね。
こちらも楽しみにしていただければと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
映画にみみったけ、放送時のパーソナリティはヨシダがお送りいたしました。
podcastのエピソードは毎週日曜日に配信中ですので、そちらでもまたお会いいたしましょう。
ではまた!