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「ファイト・クラブ」マーラとナレーターは最初の出会いからすでに相思相愛だった

ナレーターとマーラの関係性に注目すると、「人は孤独の中で何を選び、誰に手を差し伸べるべきか」という普遍的なテーマが浮かび上がります。彼らの関係性は、不器用な人間同士がいかにして共感を築き、孤独を超えたつながりを見つけることができるかを象徴的に描いています。この記事では、彼らが実は最初から相思相愛だったという説について、映画の描写をもとに考察していきます。

※この記事には一部ネタバレが含まれる場合があります。気になる方は閲覧にご注意ください。(ネタバレは最小限に抑えられています。)

根拠1 初対面の場面に隠された感情

ナレーター(主人公でありジャックとも呼ばれる。この記事ではナレーターに統一)とマーラが初めて言葉を交わすのは、サポートグループでの場面です。このとき、マーラはおそらくナレーターに対して「特別な共感」を抱いていたのではないかと推測されます。

サポートグループでクロエのスピーチの後、抱擁の時間にナレーターがマーラの腕をつかみ、「We need to talk.(話がある。)」と話しかけました。このとき、マーラは「Sure!(もちろん!)」と答え、つかまれた腕を見てほほ笑むシーンがあります。

この笑顔は、マーラがナレーターに対して興味や親近感を抱いていたことを示しているのではないでしょうか。ナレーターもマーラも「仮病」を使い、さまざまな病気のサポートグループに参加している点で共通しています。マーラは、自分と似た状況にいるナレーターに対して、運命的なものを感じていたのかもしれません。また、彼女にとってナレーターの見た目がタイプだった可能性もあります。

このとき、マーラは「ついに話しかけてくれた!」と思い、密かに期待を抱いていたのかもしれません。しかし、その期待はすぐに裏切られることになります。

ナレーターの憎しみと距離を置きたい思い

実際のところ、ナレーターがマーラに話しかけたのは好意からではありませんでした。むしろ、彼はマーラを「憎んで」さえいました。ナレーターが話しかけた理由は以下の2点です。

彼女の欺瞞を暴きたかったから
マーラが仮病を使っていると見抜いたナレーターは、彼女の行動が気に入りませんでした。もっとも、自分も偽名を使い仮病で参加している点で同じ立場なのですが(複数の偽名も全てマーラにバレている)、それでもマーラを責めたくなったのです。

曜日分けの提案をするため
ナレーターはマーラと距離を置きたくて、サポートグループの参加日を曜日で分ける提案をします。

この冷たい態度に、マーラは大きなショックを受けます。自分が親しくなりたいと思っていた相手から、突然「距離を取ろう」と一方的に提案されたのです。マーラは傷ついた乙女心を怒りという形で隠し、ナレーターに対して憤慨します。彼女の反発的な態度は、この場面における感情のもつれを象徴しているのです。

根拠2 マーラへの電話をめぐるナレーターの葛藤

ナレーターの住むマンションが爆発する事件が発生した後、彼はマーラに電話をかけます。この場面は、彼の内面におけるマーラへの特別な想いを示唆する重要な瞬間です。しかし、電話が繋がりマーラが出た瞬間、彼は何も言わずに切ってしまいます。この一見些細な行動には、ナレーターの複雑な心理が隠されているのです。

孤独の中で浮かび上がるマーラの存在

マンションの爆発という大きな喪失を経験したナレーターは、この時点で「頼りたい存在」としてマーラを思い浮かべました。これは、ナレーターが表面的にはマーラを嫌っているように見せかけながらも、心の奥底では彼女を特別な存在として意識していたことを示していると言えるでしょう。

他に頼れる友人や知人がいない孤独な状態で、彼がマーラに電話をかけたという行動は、彼女に対する共感や、無意識のうちに彼女を「味方」として見ていたことを暗示しています。

電話を切った理由は自信のなさと同族嫌悪

では、なぜナレーターはマーラが電話に出た瞬間に切ってしまったのでしょうか?

考えられる理由として、ナレーターはマーラに対して頼りたいという気持ちと同時に、「彼女に受け入れてもらえる自信がなかった」という点が挙げられます。彼は男性としての自信に欠けており、自分がマーラにとって価値ある存在であるとは思えなかったのではないでしょうか。

さらに、ナレーターはこの時点でマーラに対する強い「同族嫌悪」を抱いています。仮病を使ってサポートグループに通う彼女の姿は、自分自身の欺瞞を映し出す鏡のような存在でした。しかし、その裏には、マーラが「自分には手が届かない女性」であるという潜在的な認識があり、それが嫌悪感として現れていた可能性があります。本質的には似ているが表面的にはタイプが異なる二人。まるで「酸っぱいブドウ」(手に入らないものを価値が低いと見なして自分を納得させる心理)のように、彼女を遠ざけることで、自分の心に生まれる複雑な感情を否定しようとしていたのです。

ストーリーの分岐点としての重要性

この電話の場面は、物語全体の分岐点とも言える重要な瞬間です。もしナレーターがマーラに対して正直に心を開き、頼ることができていれば、彼の人生はまったく異なる方向に進んでいたかもしれません。しかし、彼はその選択肢を放棄し、自分の中にあるマーラへの興味を隠し、自己解決をする方向へ進んでしまいます。

この時点でのナレーターは、自分がマーラを「嫌っている」と思い込んでいますが、実際には自分の感情の本質に気づけていない状態です。その無意識の感情が、後のストーリーにおける彼の行動や選択に深刻な影響を与えていくことになります。

根拠3 マーラの命を懸けた歩み寄り

ナレーターとマーラの関係において、マーラが睡眠薬の過剰摂取(OD)による自殺未遂の途中でナレーターに電話をかけた場面は、2人の絆の隠れた深さを象徴する重要なシーンです。この行動には、彼女自身がナレーターを特別な存在として認識していること、そして彼しか頼れる人がいなかったことが強く表れています。

死を利用した気を引く行動

マーラ自身は、この行動について「本気で死ぬつもりではなく、ただ気を引きたかった」と語っています。この言葉からは、ナレーターに対する彼女の切実な思いが見て取れます。普通なら避けたい「自殺未遂」という極限状態を選んでまで、彼女はナレーターの助けを求めました。この状況は、ナレーターが断ることができないような心理的なプレッシャーを伴うものであり、ある意味で彼女の「命を懸けた歩み寄り」だったと言えるでしょう。

ナレーターにとっても、この電話は無視できないものでした。極限状態にあるマーラを見捨てることは、彼の価値観に反する行為だったからです。ここでもまた、ナレーターとマーラの間には表面には現れない「相互依存」の要素が見え隠れします。

マーラがナレーターを気にしていた証拠

さらに、この電話の際にマーラは、ナレーターが最近サポートグループに参加していないことに言及しています。この発言は、彼女がナレーターの動向を気にかけ、わざわざ彼の曜日にグループの様子を見に行っていたことを示唆しています。ナレーターに対するマーラの興味や関心は、この時点で非常に強かったと言えます。

マーラの行動を振り返ると、電話番号を交換した場面からも彼女の意図が見て取れます。そもそも曜日分けの話をするためだけに電話番号を交換する必然性(ナレーターいわく曜日の変更ができるように。)はありませんでした。マーラは自分の番号をナレーターの手のひらに直接書きました。その際、彼の顔や表情をじっと観察する姿が描かれています。この仕草からも、彼女がナレーターの隠された行動や本音に気づいていた可能性がうかがえます。さらに最後にもう一度、顔面チェックもしておきたかったのでしょう。

ナレーターの反応と自覚のなさ

一方で、ナレーターはマーラの「歩み寄り」を深く考えることなく受け流しています。マーラに対して無意識の興味を抱きながらも、それを「嫌悪感」や「煩わしさ」として認識しているため、彼女の行動の真意に気づけていないのです。

マーラが命を懸けて作り出したこの「歩み寄り」の場面は、ナレーターにとっても自分の感情と向き合うきっかけとなり得た瞬間です。しかし、彼はこの時点でもなお、自分の中にある彼女への興味や彼女の存在意義に気づけないまま、ストーリーは続いていきます。

根拠3の示唆するもの

このシーンから読み取れるのは、マーラがナレーターにとってどれほど重要な存在だったか、そしてナレーターがそれに気づかないまま彼女を遠ざけようとしていたことです。彼らの関係は表面上の衝突や嫌悪を越え、似た者同士の男女として、深い感情の交錯によって成り立っていることが分かります。

最初から異性として意識し共感していた二人

これまで挙げた3つの根拠を通じて明らかになるのは、マーラとナレーターが最初から互いを異性として意識し、内心では共感し合い、興味を抱いていたということです。

マーラはナレーターに対して親近感や運命的な繋がりを感じていましたが、ナレーターはその感情を拒絶や嫌悪として認識し、自分の内面にある本当の感情に気づくことができませんでした。ナレーターがマーラに対する思いを自覚するまでには多くの時間がかかり、その間に彼は自らの人生を破滅的な方向へと進めていくことになります。

しかし、もしナレーターが初めから他人に対する興味を素直に抱き、ほんの少しの勇気を持ってマーラに歩み寄ることができていれば、彼の人生はあそこまで深刻な状況に陥らなかったのではないでしょうか。

ナレーターの人生が示唆するもの

「ファイト・クラブ」の物語は、マーラとナレーターの関係を通して、人間が自己や他者との関わり方をどのように選択するかというテーマを掘り下げています。ナレーターは、自分が抱える孤独や不安を他者に向き合うことで克服できる可能性を持ちながら、それに気づかないまま破壊的かつ破滅的な選択を重ねていきます。

一方で、マーラの行動は常にナレーターとの繋がりを求めるものであり、彼女は最終的にナレーターを引き戻す役割を果たします。この点から、二人の関係は単なる「相思相愛」の物語ではなく、互いに影響を与え、人生を変えていく「共鳴」の物語であると言えるのではないでしょうか。

最後に

ナレーターとマーラの物語は、私たちの人間関係や人生の選択に大切なことを問いかけています。この記事をきっかけに、「ファイト・クラブ」という作品を新たな視点で読み解く機会になれば幸いです。

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