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日本文学史に名高い奇妙な三角関係 『ゆきてかへらぬ』

2025年2月21日(金)公開 全国ロードショー

■あらすじ

 1923年(大正12年)、京都。学生服の青年・中原中也の下宿に、長谷川泰子という若い女が転がり込んでくる。女一人どうにでも生きていけるといった風情の泰子と中原は、そのまま下宿で同棲を始めてしまう。ふたりは間もなく男女の仲になるが、中原は泰子からせびった金で「女郎を買ってくる」と言って出かけてしまうような男だ。

 中原と泰子は上京し、小林秀雄と交友関係を持つようになる。小林は中原の才能を認め、中原は自分の理解者として小林を慕う。だが中原との暮らしに疲れ果てていた泰子は、小林に誘われるまま彼のもとに向かう。

 天才のもとから、もう一人の天才のもとへ。それにもかかわらず、中原と小林の友情は変わらない。中原中也、小林秀雄、長谷川泰子の、奇妙な三角関係が続く。

 小林の家で落ち着いたかに思えた泰子だったが、やがて少しずつ神経を磨り減らし、些細なことで癇癪を起こすようになる。ふたりの関係は破綻寸前だった。

■感想・レビュー

 中原中也と長谷川泰子、そこに小林秀雄が加わった有名な三角関係を、長谷川泰子の視点で描いた実録ドラマ。泰子を演じるのは広瀬すず。中原を木戸大聖、小林を岡田将生が演じている。監督は根岸吉太郎。脚本は田中陽造。タイトルの『ゆきてかへらぬ』は、長谷川泰子の聞き書き自伝「ゆきてかへらぬ—中原中也との愛」から採られているようだ。

 何者でもない若者たちが、何者かになろうとしてもがく。それが僕が考える「青春映画」の定義だ。その点でこの映画は、純度の高い青春映画だった。中原中也や小林秀雄は中学や高校の国語の教科書に出てくるような有名人だが、この映画に登場する彼らはまだ世に出る前で、彼ら自身が自分自身の才能を持て余している。自分の才能に対する自信と強烈な自負心を胸に抱えて、火花を散らす若き天才たち。だが彼らはその時点で、まだほんとど何者でもないのだ。

 しかし彼らはやがて世に天才として知られる人々だという事を、映画を観る人は誰でも知っている。それに対して少女時代に女優になることを志しながら、ついにその芽が出なかったのが長谷川泰子だ。この映画の中では大部屋女優から台詞のある端役の女優になっているが、高名な中原中也や小林秀雄に比べれば、長谷川泰子の名はあまりにも小さい。今でも彼女の名が知られているのは、彼女が中原や小林の恋人だったからなのだ。

 天才と天才の間に挟まれながら、この映画の泰子は輝いている。彼女にはふたりの若き天才を魅了し翻弄するだけの、確かな魅力があったのだ。そこに説得力を与えているのが広瀬すず。世間知らずの無垢なお嬢さんみたいな役が多かったような気がするが、この映画の彼女は芯が太くてどっしりした存在感を見せている。

 広瀬すずの長谷川泰子と、岡田将生の小林秀雄は良かったが、木戸大聖の中原中也が図抜けているように感じる。今後中原の名を見聞きするたび、僕は木戸大聖の顔を思い出すに違いない。

ユナイテッド・シネマ豊洲(3スクリーン)にて 
配給:キノフィルムズ 
2025年|2時間8分|日本|カラー 
公式HP:https://www.yukitekaheranu.jp/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt35302471/

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