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映画ファンが猛烈に愛する監督の新作 邦題が強い異色の恋愛ドラマなど【次に観るなら、この映画】6月25日編
毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
①「パンチドランク・ラブ」を手掛けたポール・トーマス・アンダーソン監督の新作「リコリス・ピザ」(7月1日から映画館で公開)
②邦題のインパクトも強い異色の恋愛ドラマ「わたしは最悪。」(7月1日から映画館で公開)
③2021年度、韓国でNo.1の大ヒットを記録した「モガディシュ 脱出までの14日間」(7月1日から映画館で公開)
劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
「リコリス・ピザ」(7月1日から映画館で公開)
◇記憶の彼方に漂うモラトリアムな瞬間のマジックが、この映画には詰まっている(文:村山章)
PTAことポール・トーマス・アンダーソンがこんな瑞々しい境地に戻ってきてくれるなんて、正直諦めていた。PTAは重さと軽さ、シリアスとユーモラスを兼ね備えた名監督だが、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」以降はシリアス偏重(とはいえ傑作ばかり)が続き、もはや別ステージに移ったのだと思いこんでいた。そう、最新作「リコリス・ピザ」を観るまでは。
「リコリス・ピザ」は15歳の高校生が10歳上の女性を必死で口説く場面から始まる、虚実を取り混ぜた恋愛コメディで、1973年のサンフェルナンド・バレーが舞台。サンフェルナンド・バレーはPTAが生まれ育ち「ブギーナイツ」「マグノリア」「パンチドランク・ラブ」でも舞台にしていたLA北部の郊外住宅地だ。
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主演は姉妹ロックバンド、ハイムのアラナ・ハイムと(ほかのメンバーと両親も家族役で出演)、PTA組の常連だった故フィリップ・シーモア・ホフマンの息子クーパー。どちらも俳優経験はないが、PTAが白羽の矢を立てた。自信家で自意識過剰な15歳のガキと、自己肯定感低めで人生に迷う20代女性。およそラブストーリーの主人公っぽくない取り合わせで、実際、王道ラブコメっぽい胸キュンな展開は皆無に等しい。
しかしそれでも本作は、たまらなくノスタルジックで、甘酸っぱい。目的のない意地の張り合い、宙ぶらりんであやふやな気持ち、一緒に過ごす他愛もない時間、くだらない小さなケンカ。ふたりの関係がどこかに進みそうになる度に、バカげた選択をしたり、バカな大人たちに邪魔されたり、本当にバカげた事態が勃発して、恋どころじゃなくなってしまったり……。
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とにかく本筋じゃないエピソードにやたらと力が入っていて、しかもいちいち面白いのだから始末が悪い。ふと「これって何の話だっけ?」と疑問を抱いても、次々と現れて混ぜっ返しにくる脇キャラが、ショーン・ペンだったりトム・ウェイツだったり、ブラッドリー・クーパーだったりするので、濃すぎる面々のカオスな時間に身を任せるしかなくなるのである。
対するアラナとクーパーには、現実とファンタジーの狭間にいるような絶妙な浮遊感があってとてもいい。ハリウッド的な絵空事でも生々しいリアリズムでもない。記憶の彼方に漂うモラトリアムな瞬間のマジックが、この映画には詰まっている。寄り道だらけの緩慢な毎日が最高の映画になることを証明してくれる、PTA第三章の幕開けだと言い切ってしまおう。
「わたしは最悪。」(7月1日から映画館で公開)
◇映画愛に満ちた遊び心溢れる独創的な映像表現と“最悪なわたし”に世界が共感(文:映画.com 和田隆)
自分には他人より才能があるのに、いったい何をしたいのか、人生で何を待っているのかわからず、生き方が定まらない。30歳を迎えた今は恋人もいて満たされ、幸せなはずなのに、果たしてこれが望んでいた自分なのか。ある日の小さな違和感が、主人公ユリヤを揺り動かしていく。
「わたしは最悪。」は、“理想の人生”と“厳しい現実”の間で揺れながら、自分の気持ちに正直に生きていくことを選択していく女性の失敗と成長を描いた、ロマンティック・コメディタッチの恋愛ドラマである。「母の残像」「テルマ」などで注目されるデンマークのヨアキム・トリアーが脚本、監督を手掛け、“最悪なわたし”に世界中が共感。第94回アカデミー賞で国際長編映画賞と脚本賞の2部門にノミネートされるなど、世界の映画賞を席巻した。ユリヤを演じたレナーテ・レインスベは、まるでユリヤが自分の中のいくつかの人格と対話するかのように、子供のような無邪気さと愚かさ、さらに大人のずるさと賢さが混在する年代の感情の揺れ動きを、繊細かつ大胆な演技で表現。第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で女優賞を受賞している。
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またトリアー監督は、遊び心溢れる独創的な映像と音楽でユリヤの心情を映し出す。彼女が芸術の都オスロを眺めながらひとり帰途につくシーンや、それまでの自分から解放されたかのような表情で街の中を駆けてゆくシーンが印象的だ。日常の中で時おり抱くある違和感。自分は何者なのか、なぜここにいるのか―。部屋の電気のスイッチを「パチン」と押した瞬間、抑えていた感情が彼女の中で弾ける。外へ飛び出すと、自分以外の世界が止まって見える。そんな街の中をゆっくりと駆けだしていくユリヤの表情が笑顔に変わっていく姿に世界が共感したのだろう。
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ちなみにこれまでにも映画の中で、自分以外の世界が止まって見える表現、シーンは数多く描かれてきた。あなたのお気に入りのシーンはどの作品だろうか。筆者がいつも思い出すのは、ギリシャの名匠、テオ・アンゲロプロス監督の名作の一本「霧の中の風景」(1988)のワンシーンだ。まだ見知らぬ父を求めて、12才の少女と5才の弟が夜行列車に飛び乗る。疲れた姉弟は途中で補導され、警察署に連れて行かれるが、隙をみて外へ逃げ出すと、雪が舞い降り始め、ふたり以外の世界は停止し、その中を駆けだしていくという、なんとも美しいシーンがある。トリアー監督もこうした極めて映画的な表現、シーンも用いて、ユリヤの心情を描き出していることから、深い映画愛を感じる。
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それまでの殻を破って新たな一歩を踏み出した時、そこにはどんな世界が広がっているのだろう。「愛してるけど、愛してもいない」、絶対に後悔はするとわかっていてもする彼女の選択や決断に、深く関わる二人の男性は翻弄されることになるが、SNS時代も、人生は選択と、時おり運命によっているのだということを再認識させられ、自分探しは結局最後まで続くのかもしれないと思わされる。1960年~70年代に活躍したハリー・ニルソンの楽曲「I Said Goodbye to Me」も心地よく胸に響く秀作だ。
「モガディシュ 脱出までの14日間」(7月1日から映画館で公開)
◇今後の韓国映画界のカギを握る、21年国内最大ヒットの歴史アクション・ドラマ(文:本田敬)
昨年7月に韓国で公開され、361万人を動員し2021年度国内映画の年間首位を記録、アカデミー国際長編映画賞の韓国代表にも選出された政治ドラマ。手がけたリュ・スンワン監督としては716万人動員の「ベルリンファイル」、1340万人の「ベテラン」、659万人の「軍艦島」(以上製作順)に続く大ヒットとなっている。
韓国映画は2011年から10年連続で韓国の興行動員シェアの50%を超えていたが、21年は海外作品に押され3割(29.7%)にまで縮小。その中で年間総合首位「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」をはじめとするマーベルやハリウッド勢圧勝の中、この作品は孤軍奮闘した韓国作品として大きな話題となった。
韓国は興行自体も落ち込んでおり、イ・ビョンホン監督「エクストリーム・ジョブ」、「アベンジャーズ エンドゲーム」、「パラサイト 半地下の家族」など話題作が続いた19年は、国民1人あたりの年間鑑賞回数が4.37回だったものの、コロナ下の20年は1.15回、21年でも1.17回と伸び悩む。最優先課題が自国作品の復調なので、本作の大ヒットは映画界にとって喜ばしいニュースになった。内容は、遠いアフリカの地で内戦に巻き込まれた外交官たちを描いたスケールの大きい作品で、テーマになっているのは南北問題である。
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古くは「シュリ」や「ブラザーフッド」、最近でも「コンフィデンシャル 共助」や前述の「ベルリンファイル」、ドラマ「愛の不時着」など、ヒット作には南北に触れたものが数多い。本作はキム・ユンソク演じるハン韓国大使が、事件をもとに06年に記した小説を原作としている。
スンワン監督は撮影に際し、政情不安なソマリア・ロケを断念、モロッコの歴史ある港町エッサウィラに当時のモガディシュ市街を再現。多くのアフリカ系キャストを起用して内戦勃発直後の脱出劇をリアルに映し出す。「タイラー・レイク 命の奪還」で見られた、並走する車内から車内へのシームレスなカメラワークなど、見るべきアクション・シーンも多い。
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さらに、当時の南北の外交戦略や国連加入をめぐる駆け引き、時代の空気感、それぞれの国民性が巧みに織り込まれ、国境を超越した交誼が熱く描かれる。「裏切りのサーカス」の原作者ジョン・ル・カレを愛するスンワン監督だからか、イデオロギーと人間性のせめぎ合いにはこだわりを見せる。限定的な南北問題を、対立と和解の普遍的ストーリーに置き換えた韓国映画界の強さを感じる作品だ。