やばい“実話”を映画化した歴史サスペンスなど、良作3本をご紹介【次に観るなら、この映画】10月29日編
毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
①「世界にひとつのプレイブック」のデビッド・O・ラッセル監督最新作「アムステルダム」(10月28日から劇場で公開中)
②佐々木譲の同名警察小説を韓国で映画化した「警官の血」(10月28日から劇場で公開中)
③世界最高峰のワイン造りに魂を注ぐ人々の姿をとらえたドキュメンタリー「ソウル・オブ・ワイン」(11月4日から劇場で公開)
劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
「アムステルダム」(10月28日から劇場で公開中)
◇コロナ禍を挟んで構想5年。監督、C・ベール、M・ロビー3人の才能が結集した歴史サスペンス(文:本田敬)
「ザ・ファイター」「アメリカン・ハッスル」に続き、クリスチャン・ベール(今回は製作も兼務)とデビッド・O・ラッセル監督が三たびタッグを組んだ作品。米国史に埋もれていた実際のクーデター事件を、独自の解釈で映像化した意欲作となっている。
第一次大戦下の仏戦線。バート(クリスチャン・ベール)、ハロルド(ジョン・デビッド・ワシントン)、ヴァレリー(マーゴット・ロビー)の3人は出会った時からウマが合い、除隊後はアムステルダムで共同生活を送り「生涯お互いを守り合う」という誓いを立て固い友情に結ばれていた。時は流れ1933年のNY。軍部絡みの殺人事件に巻き込まれてしまったバートとハロルドは、容疑を晴らすため資産家のヴォーズ(ラミ・マレック)や、戦争の英雄ディレンベック将軍(ロバート・デ・ニーロ)に接近する。だが、それは巨大な陰謀の入口に過ぎなかった。
ディレンベックのモデルとなったスメドレー・バトラーについて少し。第一次大戦で軍最高位の名誉勲章を2度も授与された伝説的軍人。沖縄にあるキャンプ・バトラーはその名に因むが、退役後は、少数の軍事企業家に莫大な富が集中する矛盾を指摘した著書「戦争はペテンだ」を出版、理論派の反戦活動家に転身した。その後貧困に苦しむ復員兵(ボーナスアーミー運動)を支援、それがルーズベルトの大統領選勝利を呼び込み、貧困層救済の景気対策ニューディール政策へとつながっていく。
こうした時代背景を踏まえ、ラッセル監督は友人でもあるクリスチャン・ベールとプロット構築を開始。構想は5年に及び、後半3年間はマーゴット・ロビーも加わったことで、ついにギミック溢れる脚本のベースが完成したと言う。作中に登場するアート作品のいくつかはロビーの手作りだそうだ。
最終的に監督は実在した人物や事件を随所に絡ませ、豪華キャスト勢揃いの娯楽サスペンスに落とし込んだ。前述のバトラー少将はもちろん、謎めいた資産家ヴォーズ(反ユダヤ主義者ヘンリー・フォードがモデルか)、薬物中毒の刑事や怪しいMI6の諜報員、反ルーズベルトの元軍人など、くせ者キャラたちがエマニュエル・ルベツキのカメラを通して登場すると、奇妙な現実感を伴って映画は大きく動きだす。
いわゆる敗者に光を当ててきたラッセル作品、米国が次の大戦に参戦したことは周知の事実。だが、それを阻止するために、本作の主人公トリオのような名もない敗者たちが、人知れず戦ってきた物語も実在する。その真実に熱い思いを抱かずにはいられない。
「警官の血」(10月28日から劇場で公開中)
◇小説版の精神を汲み、国を超えて正義の血統を問う(文:尾崎一男)
過日、伊坂幸太郎の小説「マリアビートル」が特急犯罪スリラー「ブレット・トレイン」になったように、このたび佐々木譲の代表作「警官の血」も、同名タイトルのもと韓国で映画化された。奇しくも今年、日本文学の海外資本による翻案が顕著だ。
だがハイパーポップに味変された「ブレット・トレイン」とは対照的に、こちらは硬質なテイストを維持している。ソウル警察署から広域捜査隊の刑事パク・ガンユン(チョ・ジヌン)の内偵を依頼された、新人捜査官チェ・ミンジェ(チェ・ウシク)。出所不明の莫大な捜査費を使い、圧倒的な検挙実績を誇るパクは、闇組織との癒着を疑われていたのだ。
ミンジェは殉職した父に関する機密文書と引き換えに依頼を受け、真相の解明にあたる。不正を許さぬ原則主義者の彼と、犯罪撲滅のためなら違法もいとわぬパク。物語は新造覚醒剤で市場を制圧しようとたくらむ麻薬王の摘発を軸に、信念の異なる二人の男が互いを牽制しながら、捜査を展開させていく。同時に職務を遂行しようとして亡くなったミンジェの父の足跡をたどり、本作は正義のあり方をあらゆる角度から追求していくのだ。
小説版は祖父と父親、そして息子の警官親子三代にわたる壮大なクロニクルを形成しているが、映画は父と息子のエピソードを中心に構成し、警察内の汚職へと迫る刑事サスペンスにしている。時代を現代へ置き、自国の治安事情に合わせたアダプトがなされ、既読者は原作と違う味わいを楽しめるだろう。いっぽうでセリフや小道具から原作のテイストが感じられる箇所もあり、オリジナルへの敬意を忘れてはいない。
ただ原作が持つスケールを損ねまいと複雑な設定を維持し、鑑賞中はそれへの理解や把握を余儀なくされるが、ともなう気を抜けない緊張感も価値のうちだ。なにより長大なドラマを映画用に引き締めることで、若き捜査官の葛藤と成長物語としての側面が際立ち、韓国翻案の「警官の血」として固有の価値をもたらしている。
善悪を見極めるために自らグレーゾーンに立ち、そのためにこそ、市民の確たる支持を得る――。こうした警官の苦衷やジレンマを真摯に描く点で、本作は佐々木の小説が持つ精神を見事なまでに汲んでおり、正義の血統を問う力強いタイトルを受け継ぐに値するのだ。
「ソウル・オブ・ワイン」(11月4日から劇場で公開)
◇本物とは何かを味わうことができる、ワインへの愛で満たされたドキュメンタリー(文:和田隆)
映画を見ていて、こんなにもワインが飲みたくなったことはない。それは世界最高峰と言われる、1本数百万円も下らない高級ワインの代名詞であるロマネ=コンティをはじめ、ジュヴレ・シャンベルタン、シャンボール・ミュジニー、ムルソー、ヴォルネイなど、世界中の人々を魅了し続けるブルゴーニュワインを、筆者が飲んだことがないことも大きく起因している。しかし、手の届かない高級ワインを飲んでみたいという欲望をかきたてる以上に、このドキュメンタリーが、ワインへの愛で満たされているからなのだろう。
世界最高峰のワインを生み出すワイン愛好家の聖地、“神に愛された土地”と言われる、フランス、ブルゴーニュ地方。1年を通じて名だたる畑を守る生産者たちがワイン造りに魂を注ぐ。マリー=アンジュ・ゴルバネフスキー監督は、なかなか見ることのできない貴重な舞台裏、ブドウ畑と人間の何世紀にもわたる関係にスポットを当てている。そして、世代を超えてブドウ畑を守り続け、最高級ワインが生まれるプロセス、偉大なワインを追い求めて受け継がれてきた技と知恵を、四季を通して記録しており、“世界最高峰のワイン”の理由を知ることになる。
技と知恵が受け継がれてきたとはいえ、さすがに世界に流通させるためには自動化(機械化)されている工程もあるのではないかと思ったが、最初の畑の耕しから樹の剪定、摘み取り(収穫)、醸造、樽づくり、貯蔵に至るまで極力昔ながらのやり方で丹念に“魂を込めて”造られている。生産者や樽職人たちが土壌や生育環境といった自然の真理について、有名ソムリエや醸造学者たちがワインやその歴史について語る内容は実に深く、哲学的でさえある。そんな言葉とともに、四季を通してワインができるまでを我々は体験することになるのだ。
さらに、ゴルバネフスキー監督の眼差しは、どこか詩的で芸術的であり、ブルゴーニュ地方の自然を記録した映像は息を呑む美しさで、行ってみたいと思わせるほど。ワイン造りは大変な作業であろうが、伝統を受け継いできた生産者たちの表情は自信と喜びにあふれているように見え、まさに彼らのソウル(魂)を知れば、そんなワインを飲んでみたいと思わずにはいられない。終盤に、パリでビストロ、レストランを経営する日本人のオーナーソムリエ、オーナーシェフの二人が1945年もののジョルジュ・ルーミエを飲むシーンが秀逸だ。本物とは何かを味わうことができる作品である。