古書好き必見のドキュメンタリーなど今週のおすすめ 心に響く良作を紹介【次に見るなら、この映画】4月17日編
毎週土曜日にオススメ映画をレビュー。
今週は、シングルマザーの宇宙飛行士と幼い娘の愛と絆を描いたドラマ、本を愛する個性豊かな人々が登場するドキュメンタリーの2本です。
①「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」のエバ・グリーンが宇宙飛行士を演じた「約束の宇宙(そら)」(公開中)
②世界最大規模のニューヨークブックフェアの裏側からブックセラーたちの世界を捉えた「ブックセラーズ」(4月23日公開)
劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
◇仕事と子育ての両立、夢のための代償…職業の特殊性を超えた共感をこまやかに描く(文:矢崎由紀子)
「約束の宇宙(そら)」(公開中)
国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士に抜擢されたサラ(エバ・グリーン)。女性、宇宙先進国ではないフランス人、未経験者と、宇宙飛行士界における少数派のハンデを3つも負った彼女が、打ち上げまで2カ月の訓練期間中に経験する様々な葛藤を、サラと同じ小学生の娘を持つアリス・ウィンクール監督がきめこまかく描く。
訓練を行うロシアのスターシティにやって来たサラは、アメリカとロシアの男性飛行士から観光客のように扱われ、代役の飛行士からは「さっさとやめな」的なプレッシャーをかけられる。彼らに実力を証明しようと頑張るサラは、男社会でサバイバルを強いられる女性の代表のようだ。さらに、シングルマザーのサラは、離婚した夫に預けてきた娘のステラに対しても良き母であろうと頑張る。が、仕事と子育ての両立は難しい。娘の電話に対応すれば訓練に遅刻する。訓練に集中すれば娘からそっぽを向かれる。両方こなそうとしてどちらもうまくいかなくなり、「もう無理!」とキレる寸前まで追い込まれるサラの心情は、発熱した子供と大事なプレゼンを抱えてオロオロする我々と変わりない。宇宙飛行士という職業の特殊性を超えた共感を、ウィンクール監督は上手に引き出していく。
しかし、それ以上に印象的なのは、サラが宇宙へ行く夢をかなえるのと引き換えに絶対にあきらめなければならない代償にスポットを当てた点だ。訓練中のわずか2カ月の間に、ステラには好きな男の子ができ、自転車の乗り方を覚え、骨折もする。それらすべてが自分のいない時空で起きたことに気づいたサラは、宇宙で過ごす1年の間にどれほど娘の人生を見逃すのだろうと、喪失の先取りのような感情にかられる。それでもなお彼女が宇宙を目指すのは、娘にとって誇れる母でありたいと願うからだ。そんな彼女をひとりの女性とみなし始めたステラの心の成長が、代償の対価としての輝きを放つ。
◇この映画に登場する“ブックピープル”の顔は、どれも例外なく美しい(文:高崎俊夫)
「ブックセラーズ」(4月23日公開)
世の中には“書痴”と呼ばれる人種がいる。愛書家などという生易しい形容では決しておさまらない、書物の魔力に憑りつかれ、書物にその生涯を殉じてしまった人々である。「ブックセラーズ」は、世界最大規模のNYブックフェアに参集する古書業者、ブックディーラー、希少本のコレクターたちをスケッチしたドキュメンタリーだが、奇人変人と見紛うような、愛すべき書痴たちが次々に登場し、彼らがあたかも恋人を語るような口吻で書物を称揚する際の、至福に満ちた表情を眺めているだけで、まったく飽くことがない。
実際、たとえばアメリカで最も影響力のあるブックコレクター、マイケル・ジンマンは次のように語っている。「人と本の関係は恋愛によく似ている。他人には理解できないし、完全に自分だけの喜びだ。妻はこう言った“本が初恋の相手なのね。私は何番目?”。私は20秒ほど考え、“6番目。本で生きる者は本で死ぬ”ってことだな」と。その柔和な笑みを浮かべながら、淡々と語るジンマンの表情が何ともすばらしいのだ。
映画はレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿が、1994年、クリスティーズのオークションでビル・ゲイツによって2800万ドルという史上最高額で落札された模様を映しながら、アートと古書の相違をめぐって考察したり、「若草物語」のルイーザ・メイ・オルコットが匿名でパルプ小説を書いていたことを発見した伝説のブックディーラー、ロステンバーグのエピソードなど意想外な話題には事欠かない。NY公共図書館ショーンバーグ黒人文化研究センター所長のケヴィン・ヤングが、「ここにはマルコムXとジェームズ・ボールドウィンのすべての記録がある。ボールドウィンはハーレムで生まれ育ち、ここで読み書きを習ったから里帰りでもあるね」と誇らしげに語っているのは、ひときわ印象に残る。この映画に登場する“ブックピープル”の顔は、どれも例外なく美しい。
かつてヴァルター・ベンヤミンは高名なエッセイ「複製技術時代の芸術作品」のなかで、複製芸術の普及によって、オリジナルな芸術作品のもつ<いま、ここにある>という唯一無二の性格が失われ、アウラ(霊気)の凋落を招いたことを指摘したが、この映画で、愛でるようにキャメラにとらえられた夥しい希少な古書の放つ独特のアウラ、その美しさは、まさに芸術作品と呼ぶほかないだろう。すべての古書好きは必見と断言したい。