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広瀬すず×松坂桃李が生き切った、150分間の愛の物語【次に観るなら、この映画】5月14日編
毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
①広瀬すずと松坂桃李の主演し、2020年本屋大賞を受賞したベストセラー小説を映画化した「流浪の月」(5月13日から映画館で公開)
②重力が壊れた東京で出会う少年少女の物語を描いたオリジナル長編アニメーション「バブル」(5月13日から映画館で公開)
③マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の「ドクター・ストレンジ」シリーズ第2作「ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス」(映画館で公開中)
劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
「流浪の月」(5月13日から映画館で公開)
◇李相日だからこそ掬い取れた「鏡花水月」のように繊細な世界(文:映画.com副編集長 大塚史貴)
凪良ゆう氏の小説「流浪の月」を発表直後に読了した際、行間から“風”を感じる作品だと思いを馳せたが、李相日監督の手によって映画として生まれ変わった「流浪の月」からは、“風”よりも“水”を強く感じたのは筆者だけではないはずである。
中国・清代から、文献で「鏡花水月」という表現が使われているが、この言葉には「美しいが実体のない虚しいもの」という意味が含まれている。作品タイトルにもあるように、劇中では「月」が実に効果的に映し込まれており、水とのコントラストが得も言われぬ余韻を、問答無用で観る者の脳裏に焼き付けてくる。
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ましてや水面に映る月は、あたかも実体のなさが今作を単純な男女の愛を越えたものの象徴として存在しているようにすら受け止める事が出来る。李監督が、これまで一貫して痛みや苦しみに耐えてきた人に訪れる救いを見出してきたように、たとえ世間の枠からはみ出さざるを得なかった更紗と文であったとしても、偏見や抑圧から解放される一瞬を繊細に掬い取っている。
否、李監督だからこそ、そして広瀬すずと松坂桃李が更紗と文を生き切ったからこそ掬い取れたのかもしれない。
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今作は夕方の公園、雨に濡れた10歳の更紗に19歳の大学生・文が傘をさしかけるところから始まる。引き取られている伯母の家に帰りたがらない更紗の意を汲み、部屋に連れ帰った文のもとで更紗は2カ月を過ごすことになるが、やがて文は誘拐罪で逮捕されてしまう。
それから15年後――。いつまでも消えない「傷物にされた被害女児」と「加害者」という烙印を背負ったまま再会を果たした、更紗と文にしか分からない150分に及ぶ愛の物語だ。
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原作を読むと、作り方をひとつ間違えた瞬間に一気に転落してしまうほど危険と隣り合わせの作品であることが分かるはず。そんな原作を映画化しようと、李監督以外にも今をときめく多くの映画人たちが名乗りを上げていたと聞く。
それほどまでに、多くの映像作家が恋愛という言葉では括ることが出来ず、断絶と抑圧を体内に染み込ませた孤独なふたりに魅せられた真意に寄り添おうとすればするほど、なお深く作品世界に入り込む事が出来るだろう。
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「バブル」(5月13日から映画館で公開)
◇極限のアクションで奏でる「人魚姫」モチーフのボーイ・ミーツ・ガールストーリー(文:映画.com「アニメハック」編集部員 五所光太郎)
「君の名は。」の大ヒット以降、その流れをうけて企画されたと思われるオリジナルアニメ映画が多く世に送りだされてきた。アニメファンは良く知っているが一般層までは浸透していないクリエイターや制作スタジオが起用され、挿入歌が多くつくられたり、アッと驚くアーティストが楽曲を手がけたりするなど音楽面に工夫が凝らされることが多い――そんな特徴がある作品群のなかで、本作は真打ち登場と言える。
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新海誠監督を日本を代表するアニメ監督にした立役者である川村元気が企画・プロデュースを務め、テレビアニメ「進撃の巨人」(第1~3期)を手がけた荒木哲郎監督とWIT STUDIOが両者の総決算と言えるハイカロリーのアニメーションを実現。映画ファンには「YAMAKASI ヤマカシ」でおなじみのパルクールが全編にわたって展開され、3DCGと手描きの作画を駆使した極限のアクションが堪能できる。
小畑健(キャラクター原案)、虚淵玄(脚本)、澤野弘之(音楽)ら豪華スタッフが集結し、宮野真守、梶裕貴ら荒木監督作品の主演声優が、志尊淳、りりあ。、広瀬アリスの脇をかためている。
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世界に降り注いだ泡(バブル)によって重力が壊れ、日本の首都ではなくなった東京で、少年ヒビキと不思議な少女ウタは、“ある音”に導かれるようにして出会う。最初は言葉がしゃべれず、あどけない表情をみせるウタの魅力は子猫のようなすばしこい動きで表現され、ヒビキと心を通わせていく様子もパルクールを通して描かれる。
「人魚姫」をモチーフにしたミニマムなボーイ・ミーツ・ガールの物語を、映像からにじみ出る気分のようなもので描いていこうという試みが感じられた。
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ドラマが重くなりすぎないよう配慮された作劇も印象的で、ディストピア風の世界観や物語上の理屈もあえて説明しすぎない。それらすべてを「映像で語ろう」という強い意志のもと、これだけ贅沢な絵作りがなされたはずだ。
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「ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス」(映画館で公開中)
◇巨匠の魔術的采配、炸裂。芸術性と娯楽性に満ちた暴走が止まらない!(文:映画ライター 牛津厚信)
心躍るとはこのことだ。14年に及ぶMCUの歴史において、これほど芸術性と娯楽性を兼ね備え、なおかつダークな狂気をはらんだ作品はない。
マルチバースという無限にも等しい領域をキャンバスに、我らがストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)が縦横無尽に駆け巡る本作。そこで巻き起こるストーリーをたった数行で説明するのは不可能だが、少なくともここに広がる映像絵巻は、耳に押し寄せる音響と革新的な映像とで、直感的にこの世界を堪能させてくれる。
そんな魔術的采配を成したのがサム・ライミであることがなぜかひたすら楽しくて、考えれば考えるほど笑みが止まらない。
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ライミの印は湯水の如く見つかる。たとえば、心の闇をむき出しにしたワンダ(エリザベス・オルセン)はアメリカ(ソーチー・ゴメス)という少女を執拗に追いかけるが、そこで次々と開け放たれる扉、己を写す鏡、水を用いた演出はいかにもライミらしい。ワンダの意識が這い回る様子もまた、「死霊のはらわた」(81)でお馴染みの”悪霊の主観映像”を思い起こさせる。
他にも地から突き出した腕、暗黒の力を持つ書物、あの俳優のカメオ出演など、ライミ作品に散りばめられた様々な要素が、それとは全く異なる多元宇宙で別の花を咲かせたかのよう。
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と同時に、ライミの特色は“変化し続けること”でもある。
かつて「はらわた」シリーズが第二弾のラストで急転直下の展開をみせ、第三弾では奇想天外なアドベンチャー「キャプテン・スーパーマーケット」へ進化したように、本作にもジャンルに縛られず振り切れていく楽しさがある。ほんの短い跳躍の中でいくつもの次元を横断しながら姿形が変わっていく、脳が沸騰しそうなほど芸術性に満ちたシークエンスを生み出しえたのも、まさにこの監督だからこそ。
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一方、ストレンジの心象を細やかに描けるのも6年ぶりの単独主演作の醍醐味だ。あの自己中心的かつ高飛車な態度の裏側で、彼は葛藤し、自身の壁を乗り越えようとする。とりわけストレンジが偽らざる想いを吐露する場面には、カンバーバッチの名優たるゆえんとこの役柄への惜しみない愛情が十二分にあふれていた。
無限の可能性を掛け合わせて誕生した本作もまた、巨大な宇宙におけるひとつの奇跡。マーベルの枠組みを押し広げるその実験性、予測不能ぶり、大胆不敵さを、一度ならず何度でも噛みしめたい。
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