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ウクライナ、ロシアを考えるうえで知っておきたい新作が公開【次に観るなら、この映画】4月2日編
毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
①冷戦下のソ連で30年間も隠蔽された民衆弾圧事件を題材にした社会派サスペンス「親愛なる同志たちへ」(4月8日から公開)
②2000年にロシアで起きた原子力潜水艦事故を映画化した「潜水艦クルスクの生存者たち」(4月8日から映画館で公開)
③「ベイビー・ドライバー」のエドガー・ライト監督が、謎に包まれた兄弟バンド「スパークス」の真実に迫った音楽ドキュメンタリー「スパークス・ブラザーズ」(4月8日から映画館で公開)
劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
「親愛なる同志たちへ」(4月8日から公開)
◇歴史ドラマでありながらリアルな恐怖を感じさせる、タイムリーな作品(文:映画.com DanKnighton)
1962年、当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国マリウポリから東方200キロにあるソビエト連邦ノボチェルカッスク。食糧価格の高騰が住民を苦しめ、政府の正当性を疑う声も公然と出ている。
リューダは市政委員会で生産部門を担当する共産党員であり、食糧配給で密かに優遇を受ける特権的な立場だ。彼女は、台所でレーニン主義者の記章をつけながら酒を飲む元革命家の父と、地元の経済を支える電気機関車工場で起きている労働者たちによるストライキの熱に浮かされている独立心旺盛な娘と一緒に暮らしている。
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その大規模なストライキは国家レベルでの危機とみなされ、状況を統制するためモスクワの上層部が集結、緊急会議で軍隊とKGBを殺意を持って現場に送り込むことを決定。会議に参加していたリューダは厳しい取締りに賛成しつつも、同時にその決定は家族を危険にさらすことになる。
オープニング・クレジットにロシア文化省のスタンプが押されているので、この映画をボイコットするのが今の一般的な意見かもしれない。この映画は、過去の権威主義的で暴力的な政府を描き、現在の政権と明らかに類似しているという点で確かに反政府的だが、物語のほぼ絶望的な結果は、批評と同時に恐怖の教訓として、その賛否を観客に問いかけているのだ。
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アンドレイ・コンチャロフスキー監督はガーディアン紙のインタビューで、「物理的な暴力ではなく、心理的な暴力についての」「あいまいで両義的な」映画だと述べているが、最も重大な犯罪はニヒリズムである。本作を見る人は、たとえロシアの映画にお金を払うことになったとしても、ロシアの歴史やこの国の身近な国内事情について学ぶことになるのだから、それはとても有意義な事だと思う。
基本的に白黒でゆっくりとした口調の映画だが、大虐殺のシークエンスは騒乱の中で突如発生し、それまでとは対照的に残酷で激しいアクションシーンになっている。「戦艦ポチョムキン」のオデッサの階段での蜂起シーンほど複雑ではないが、特に現在のこの地域の危機と重ね合わせてみると、同じように悲惨だ。
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私がこの映画を最初に観たのはウクライナ侵攻の直前で、映画の中で描かれている現代を模倣したような言論統制や集団監視に対して懸念を感じた。侵攻の後、2度目に観たとき、この映画は新しい現実の恐ろしさを表現するように変化していると感じた。
ロシアが第93回アカデミー賞国際長編映画賞に出品したこの作品は、歴史ドラマでありながらリアルな恐怖を感じさせるものになってしまった。歴史の激動期に、タイムリーに公開される作品だ。
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「潜水艦クルスクの生存者たち」(4月8日から映画館で公開)
◇実際のロシア原潜沈没事故を映像化。事実を積み上げて生まれた乗員と家族のドラマ(文:映画.com外部スタッフ 本田敬)
潜水艦映画にハズレなし、という常套句がある。名作「眼下の敵」「深く静かに潜航せよ」、ジャンルを再構築した「U・ボート」「レッド・オクトーバーを追え!」、最近も「ハンターキラー 潜航せよ」「グレイハウンド」など見逃せない力作が続く。閉塞した空間、濃密な人間関係、海中での攻防戦など、連続する危機や課題に取り組むドラマに観客は魅了されるのだろう。
この作品は00年8月に実施された大規模演習中の事故を映画化している。北極海での軍事演習に参加したロシア原潜クルスクは、その3日目に起こった魚雷の誤爆により海底に沈没する。ミハイル司令官(マティアス・スーナールツ)以下生き残った23名は、希望を捨てずあらゆる手を尽くしつつ救助を待つ。
沈没に気付いた英海軍の准将ラッセル(コリン・ファース)も救助を申し出るが、情報漏洩を恐れる露軍部は一向に許可を出さない。地上で待つミハイルの妻ターニャ(レア・セドゥ)ら乗員の家族たちも軍部に情報を求めるが「異常なし」の返答しかない。そして、艦内はさらなる危機を迎える。
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ロシア海軍の威信をかけたクルスクは、分厚いステンレス隔壁でジャンボ機2機分の大きさを誇り核弾頭も搭載可能、ステルス機能を持ち120日間の連続潜航が可能な最新鋭の原潜で、サウナやプール、グラウンドまで備え、演習時には118名の乗員が働いていた。
事故の爆発規模は凄まじく、3000度近い熱波が一瞬にして8割の船員を焼き尽くし、ノルウェーなど近隣諸国は海底火山の噴火か地震と誤認するほどだった。
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悪天候と機材不足に加え軍部の隠蔽体質により救助活動は進まず、9日目にして漸く内部にアクセス、最終的に艦が引き揚げられたのは3カ月後だった。
脚本家のロバート・ロダットは、この時に発見された手記や02年にやっと発表された調査結果をもとにスクリプトを書き上げ、主演のスーナールツ経由でヴィンターベア監督の手に渡り映画の製作にこぎ着けた。
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監督は単なるパニックものや、ありがちのヒロイズムには流れず、残された妻子や父母たちにも視線を向けた物語にこだわった。「偽りなき者」などを手掛けた監督だけに、子供たちの複雑な表情には唸らされる。
また、当時の記者会見で軍幹部に詰め寄る女性が、その場で関係者から突然薬剤を注射され、失神したまま運び出される衝撃映像が今もネット上に残っているが、本作ではそれを忠実に再現、家族の絆と共に見事な体制批判を成し遂げた製作陣の勇気には頭が下がる。
当初、事故が発覚してもバカンスを続行したプーチン大統領は、就任から3カ月にもかかわらず支持率が急落した。クルスクは5年間の運用で就いた任務は1回のみ。今も北極海にはソ連・ロシア籍の原潜が3隻、沈んだままになっている。
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「スパークス・ブラザーズ」(4月8日から映画館で公開)
◇SPARKS A GO-GO!! 半世紀を超える音楽の旅路、その先に生まれる親密な関係(文:映画.com編集顧問 髙橋直樹)
いつになったらシナトラみたいになれる
“マイ・ウェイ”を歌えるようになるのはいつのこと…
これはスパークス16枚目のアルバム「Gratuitous Sax & Senseless Violins」に収められた「WHEN DO I GET TO SING “MY WAY”」の歌詩だ。結論から言おう。スパークスに“マイ・ウェイ”は歌えない。否、彼らはこの曲を演ることはないだろう。その理由はエドガー・ライト初の音楽ドキュメンタリーを観れば一目瞭然だ。
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1972年にデビューしたスパークスは、50年で25枚のアルバム(※撮影時)をリリースしている。アメリカ西海岸からイギリスへと渡りスマッシュヒットを連発。母国に戻った後、ドイツで大ヒットを飛ばしたかと思えば、フランスで音楽賞の授賞式に現れる。神出鬼没なふたりは、音楽ジャンルにも、活動フィールドにもボーターを作らない。
米カリフォルニア州に生まれ、学生時代はスポーツに励んだ。幼い頃から母にピアノを習わされた兄ロンは作曲スキルを身につけ、アメフト少年で端整な顔立ちの弟ラッセルは歌うことに長けていた。1965年には、母の運転する車でラスヴェガスへと向かいビートルズのライヴを体験している。しかも2回! 音楽に目覚めたふたりがバンドを始めるのは時間の問題だった。
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映画との相性も抜群だ。大学はジム・モリソンやコッポラも学んだUCLAに進む。ヌーヴェルバークの洗礼を受け、ゴダールを模したショートフィルムを制作。スパークスの前身ハーフネルソンのバンド名を変えた時はマルクス兄弟にちなんだ。日本の漫画を原作にしたティム・バートンとのプロジェクトは6年を費やすも頓挫。直近ではレオス・カラックス監督作「アネット」(2021)の原案と音楽を担当し、オープニングシーンに登場している。
エドガー・ライトのスパークス・ファン歴は、BBCで「ナンバー・ワン・イン・ヘヴン」を歌う姿を見た1979年に遡る。90年代半ばに「WHEN DO I GET TO SING “MY WAY”」を演奏するスパークスを目にしたライトは大きな疑問を抱く。同じバンドだとは思えなかったのだ。
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出会いから40余年、SNSでコンタクトしたライトは、2年の歳月を費やして予備知識ゼロで楽しめる映画を仕上げた。スパークスの軌跡をたどるフッテージを散りばめ、約80人の著名ミュージシャンとファンに自らがインタビューした映像は質感の高いモノクロを選択、アニメも使って謎めいたスパークスの魅力を紐解く。極めつけは、半世紀を超える音楽の旅路の先でふたりとの親密な関係で結ばれること。思わず“SPARKS A GO-GO!!” と叫び出したくなる粋な演出が冴えている。
決して過去を振り返らない。ヒット曲でライヴを締めるなんてダサいことはやらない。浮き沈みもなんのその、我が道を行く音楽の求道者スパークス。ロンとラッセルが生み出すサウンドはこれからもずっと“煌めき”続ける。
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