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アカデミー賞作品賞ノミネート「ミナリ」など今週のオススメ新作3本 良作映画を紹介【次に見るなら、この映画】3月20日編

 毎週土曜日にオススメ映画をレビュー。

 今週は、映画館で鑑賞できる新作から、熱狂的に勧めたいアカデミー賞6部門にノミネートされた家族の物語、水の精・ウンディーネ”の神話をモチーフに描いた恋愛ドラマ、「眠り」をテーマにしたコンサートを追ったドキュメンタリーの3本を選んでみました。

①1980年代のアメリカ南部を舞台に、韓国出身の移民一家が理不尽な運命に翻弄されながらもたくましく生きる姿を描いた「ミナリ」(公開中)

②「婚約者の友人」のパウラ・ベーアが神秘的なウンディーネを妖艶に演じ、2020年・第70回ベルリン国際映画祭で女優賞を受賞した「水を抱く女」(3月26日公開)

③「アド・アストラ」「メッセージ」など、数多くの映画音楽も手がけた音楽家マックス・リヒターが企画したコンサートに迫る「SLEEP マックス・リヒターからの招待状」(3月26日公開)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!

◇運命に翻弄されながらも異国で懸命に生きる家族の姿が静かに深い感動を呼ぶ(文:映画.com 和田隆)

「ミナリ」(公開中)

 ポン・ジュノ監督「パラサイト 半地下の家族」が、昨年の第92回アカデミー賞で外国語映画として史上初となる作品賞ほか4部門を獲得した衝撃は未だ記憶に新しいが、韓国文化への熱狂はその後も続いているようだ。

 2020年1月開催の第36回サンダンス映画祭でグランプリと観客賞を受賞した「ミナリ」は、これまでに61の受賞、185のノミネート(2月現在)を受け、世界の映画賞を席巻している。第93回アカデミー賞でも6部門にノミネートされ、波乱を巻き起こすのではないかと注目を集めている。

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 この作品は1980年代のアメリカ南部を舞台に、韓国出身の移民一家が理不尽な運命に翻弄されながらもたくましく生きる姿を描いた家族の物語だ。農業での成功を目指す父に「バーニング 劇場版」で印象的な演技をみせたスティーブン・ユァン、荒れた新天地に不安を抱く妻に「海にかかる霧」のハン・イェリと演技派俳優が顔を揃えた。

 さらに韓国で敬愛されているベテラン女優のユン・ヨジョンが毒舌で破天荒な祖母を演じ、その存在感ある演技が絶賛されている。監督・脚本は、「君の名は。」のハリウッド実写版を手掛けることでも注目を集めている韓国系アメリカ人のリー・アイザック・チョン。

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 しかし本作は韓国映画ではない。「ムーンライト」など話題性と作家性の強い作品で高い評価を得ているスタジオ「A24」と、「それでも夜は明ける」など良質な作品を手掛けてきたブラッド・ピットの製作会社「PLAN B」が、チョン監督の脚本にほれ込み、タッグを組んで作った映画だ。

 劇中の大半が韓国語であるにもかかわらず、このような強力な体制で、韓国人が主人公の企画が成立したのは、多様性が求められている昨今の社会情勢やそんな企画を探しているハリウッド事情も追い風となったのであろう。ユァンはブラピとともに製作総指揮にも名を連ねている。

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 アメリカにやってきた移民が主人公の映画はこれまでにも数多く作られているが、このタイミングで韓国出身の移民一家の映画が作られ、高い評価を受けているのは興味深い。だが、いつの時代も様々な困難に翻弄されながらもたくましく生きていこうとする家族の姿には人種を超えた普遍性があり、文化や価値観、宗教観の違いはあっても共感を呼ぶのであろう。

 アメリカの大地は美しくも厳しく、そこで生きていくには順応していくしかないが、一方でより自身のアイデンティティや同郷のコミュニティのつながり、そして神とは何かを問われることになる。

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 チョン監督は、葛藤する夫婦、親の子への愛、そして祖母と好奇心旺盛な孫の絆という3世代の家族を見つめ、所々にどこか懐かしく美しいカットを挿入しながら、運命に打ちひしがれても人生は続いていく貴さを描いている。

 祖母が請け負い、失い、そして子と孫に残すものが、静かに深い感動を呼ぶ。


◇現代のベルリンにおいて孤立感を抱えて生きるウンディーネの受難と遍歴(文:ライター・編集者 高崎俊夫)

「水を抱く女」(3月26日から公開)

 冒頭、カフェテラスで恋人のヨハネスから別れ話を切り出されたベルリン都市開発の歴史家ウンディーネ(パウラ・ベーア)は一瞬、茫然自失の表情を浮かべながらも、語気強くこう切り出す。「行っちゃだめ。戻って、私を捨てたら殺すから」。

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 不穏なダイアローグで始まる「水を抱く女」が、ありふれた失恋譚から、一挙に神話の世界へと変貌するのは、カフェで声をかけたクリストフ(フランツ・ロゴフスキ)とともにウンディーヌが、揺れによって倒壊した水槽から溢れ出る大量の水を全身に浴びてしまう瞬間からである。以後、<水>は不吉なまでの<死>の兆候として画面に遍在し始めるのだ。

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 映画は、ドイツ・ロマン派を代表するフリードリヒ・フーケの「ウンディーネ」からジャン・ジロドゥの戯曲「オンディーヌ」へと受け継がれている<ウンディーネ神話>を、ほぼ忠実にトレースしている。水の精霊ウンディーネが人間の男の愛によって魂を得るが、男に裏切られたために、男を殺し水中へ回帰するという寓話は、しかし、手垢にまみれた文学臭を一切、感じさせない。

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 クリスティアン・ペッツォルト監督が、現代のベルリンにおいて孤立感を抱えて生きるウンディーネの受難と遍歴を描く際に、もっとも深い霊感源となったのは、おそらく溝口健二の作品である。脳死状態のクリストフを蘇生させるために、怨念の塊と化したウンディーネが非業な行為に走る時の貌は、「雨月物語」(53)で変心した森雅之を責めさいなむ京マチ子の妖気漂う表情を想起させるし、彼女が入水する場面は、「山椒大夫」(54)のラストで、湖水へと消えてゆく香川京子の哀切な佇まいを連想させずにはおかない。フランソワ・オゾンによって見出されたパウラ・ベーアは、いまや、最も硬質なエロティシズムの魅惑を発散する稀有なヨーロッパを代表する女優になったといえるだろう。


◇寝てもOK、起きて鑑賞するもOK、睡眠セラピーのような映画体験(文:映画.com編集長 駒井尚文)

「SLEEP マックス・リヒターからの招待状」(3月26日から公開)

 この映画を見てからというもの、私は寝室で、毎日マックス・リヒターの音楽を聞きながら眠る習慣になりました。本当にぐっすり眠れるんですよ。個人的に、2021年1Q(1月〜3月)のベストフィルムです。

 映画の冒頭、ロサンゼルスの市庁舎が夜景に浮かび上がっています。市庁舎のふもとに広がる公園に並べられているのは、夥しい数のベッド。観客がひとり、またひとりと現れてベッドに横たわります。彼らはベッドでコンサートを鑑賞するのです。寝ながら聞くコンサート。

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 演奏される楽曲は「SLEEP」。音楽家マックス・リヒターが作曲した8時間の子守歌です。聴衆は、もちろん寝るもよし、静かに聞くもよし、周囲をうろうろしても問題ありません。しかしこれ、ちょっと考えると、とんでもないイベントだということに気づきます。

 だって、作曲家とか演奏家がコンサートを行うってことは、演奏を聴衆に聞いて欲しいわけですよね。だけど彼らは、聴衆に安眠を提供するために演奏を行うのです。リヒター本人は静かにピアノを弾き、ストリングスはゆっくりと静かに低音を奏でる。

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 「情熱大陸」の葉加瀬太郎のヴァイオリンとは180度逆の、抑えた弾き方をひたすら続けるわけで、相当の肉体的な負担を伴うことは想像に難くありません。演奏者は交替で休憩を取ってはいるものの、深夜から早朝まで8時間も演奏を続けるのです。

 マックス・リヒターは「普通は演奏を聞いてもらい、主題を伝えようとする。だけど『SLEEP』は、寝ている人たちが主題なんだ」と。凄い発想です。カテゴリー的には現代音楽の部類ですが、私たちが若いころの現代音楽は「ギギギー」とか「ガラガラゴローン」といった、癇にさわるような前衛音楽が主流でした。しかし、今どきの現代音楽はマインドフルネスに満ちている。

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 実はマックス・リヒターは、映画音楽も作っています。「戦場でワルツを」や「アド・アストラ」など、スコアを担当した映画もいくつかありますが、個人的には「メッセージ」のオープニングとエンディングに使われた音楽が印象的でした(「メッセージ」のスコア自体はヨハン・ヨハンソン)。

 これは「On The Nature Of Daylight」という曲で、映画のために書き下ろされたのではなく「Blue Notebook」というアルバムに収録された楽曲ですが、「メッセージ」では非常にうまく使われていました。見る者のエモーションをかき立てるんです。

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 本作「SLEEP」では、シドニーのオペラハウスや、アントワープの聖母大聖堂といった世界の名所で行われた「SLEEP」の公演の模様が紹介され、夜が明けた早朝のロサンゼルスにおけるフィナーレで終了します。

 女性ヴォーカルによる神々しい独唱で目覚めを迎えた観客(爆睡を続けている人も大勢いる)が、スタンディングオベーションを贈るシーンで、オンライン試写で見ていた私も、ひとりで立ち上がって拍手をしていました。マックス・リヒター、最高かよ。

 この人、ドイツ系イギリス人なんですが、13歳でクラフトワークの「アウトバーン」を聞いて「雷に撃たれたような衝撃を受けた」って告白を聞いて、ますます大好きになりました。

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