「電車男」「君の名は。」の超有名プロデューサーが長編監督に初挑戦 【次に観るなら、この映画】9月10日編
毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
①菅田将暉と原田美枝子が親子役で主演を務めたヒューマンドラマ「百花」(9月9日から劇場で公開中)
②伝説的レコードショップのドキュメンタリー「アザー・ミュージック」(9月10日から劇場で公開中)
③「淵に立つ」の深田晃司監督最新作「LOVE LIFE」(9月9日から映画館で公開)
劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
「百花」(9月9日から劇場で公開中)
◇自著を監督として映画化した川村元気が選択した、1シーン1カットの“真”(文:大塚史貴)
日本映画界のヒットメーカーとして知られる川村元気は、プロデューサーのみならず脚本家、作家、絵本作家と実に多くの顔を持ち合わせている。プロデューサーという“本業”を通して、様々なタイプの監督と間近で接していればこそ、自著の映画化企画に監督として参加するという選択が英断か、はたまた暴挙かと揶揄されることは本人も百も承知であったはずだ。
過去に映画化された自著(「世界から猫が消えたなら」と「億男」)は、永井聡監督と大友啓史監督に託している。ただ、今作は事情が違った。自らの祖母が認知症になったことをきっかけに、人間の記憶の謎に挑んだ原作を描くうえで、他人任せにすることが難しかったこともまた、事実であろう。
思い入れの深いエピソードが詰まっているからこそ、脚本にしていく作業が容易でなかったことも想像に難くない。しかし共同脚本の平瀬謙太朗が思い切り良くメスを入れ、映画に必要のない要素を遠慮なく削ぎ落すことに成功した。
撮影は、1シーン1カットを採用している。その理由は、「人間の脳の働きをそのまま映像化したかった。僕らの生きている実人生に当然ながらカットはかからないので、全て1シーン1カット」(川村談)。キャメラに収められた百合子(原田美枝子)の記憶の混濁、意識の迷走は瞬きを忘れることを禁じ得ないほどだが、それがもはや百合子なのか原田なのか、観ている側が“混濁”するほど真に迫るものである。
繊細な物語であることは言うまでもないが、それでいて、ただ緻密なだけでない…というのが心憎い。カラーチャートを巧妙に駆使し、時に大胆さも損なわれていない。
記憶の謎という可視化できないものを掬い取るため、主演の菅田将暉と原田は川村監督の“心の声”にどう触れたのか。そしてまた、逆も然り。104分間とは思えない豊穣な映画体験は、川村監督が問いかけてくる“赦し”についての答えを、観る者が見出すきっかけを与えてくれるものになるかもしれない。
そしてまた、この挑戦的な作品が大手配給で製作された意義は大きい。様々なジャンルの映画が劇場を彩ることを願い、国内マーケットに執心する日本映画界に風穴を開ける役割を担う心意気が川村監督になかったとは思えない。監督第2作にどのような題材をピックアップするのかも含め、今後の動向に注視せざるを得ない“建築家”のような新人監督の登場は、映画界にとって喜ばしいことだ。
「アザー・ミュージック」(9月10日から劇場で公開中)
◇レコードショップが教えてくれるエンタメ・ビジネスの極意とは!(文:髙橋直樹)
アザー・ミュージックとは、直訳すると「その他の音楽」を意味する。仮に大衆に支持される音楽が主とするならば、さしずめそれ以外。ニューヨークの靴屋が軒を連ねる通りにある店の向かいには巨大なタワーレコードがあり、その対極のコンセプトで開店したのが、大衆的ではない自分だけの音楽を集める唯一無二のレコード店「OTHER MUSIC」である。
真っ直ぐに店を訪れる常連、売上最優先の量販店では飽き足らずに店をのぞく飛び込み客、噂を聞きつけて地図を片手に来る人も少なくない。店には未知の音楽を求める客が溢れていた。
店内にはインディーズを中心にスタッフがそれぞれにセレクトしたレコードが並ぶ。カテゴリーは細かく分類され、レコメンド作には一枚ごとに店員直筆のコメントが添えられ、ミュージシャンの個性やアルバムの聴きどころを教えてくれる。好きだから伝え、ひとりでも多くの人に聴いてもらいたい。気の効いたガイドで斬新なサウンドとの出会いが再訪を促し、自ずと常連が増えていく。順風満帆に快進撃を続ける店の指針はアーティスト・ファースト。そして、顧客のニーズを満足させるスタッフ全員の尽力、働きやすさを重視した雇用体制など、エンタメ・ビジネスを成功へ導くためのヒントが満載されている。
「アザー・ミュージック」は、ふたりの創業者と音にはうるさいスタッフたち、俳優やミュージシャン、ジャーナリストなどの常連たちへのインタビューを軸に、ニューヨークでも最も忙しいレコード店の21年間を綴ったドキュメンタリーだ。
1995年、ビデオ店のバイトで知りあったジョシュとクリスが「OTHER MUSIC」を創業する。先に触れたとおり、音楽好きにはたまらない品揃えと行き届いたサービスが評判を呼び、店は千客万来の状態が続いた。
だが、2001年の同時多発テロによって“ビッグ・アップル”は大きなダメージを受け、さらにインターネットの爆発的な普及が拍車を掛ける。レコードが売れなくなったのだ。03年にはタワーレコードがまさかの閉店、時代の趨勢が店を窮地へと追い込んでいく。
我らが「OTHER MUSIC」だって手をこまねいている訳ではない。いち早くオンラインショップを開設し、丁寧なコメントを添える。ストア内の演奏や音楽配信も開始する。試行錯誤と葛藤、創業者は報酬を返上してまで店とスタッフを守るために奮闘を続けるが、2016年、遂に閉店に追い込まれてしまう。
店を通じて知りあい、その後結ばれたプロマ・バスとロブ・ハッチ・ミラー監督は、閉店を知り大きなショックを受けた。「OTHER MUSIC」とは、ミュージシャンとリスナーをつなぐコミュニティスペースだった。そのDNAを語り継ぐために生まれたのがこのドキュメンタリーなのだ。
ひとつのプラットフォームを作り、自分たちがセレクトしたレコードを共有し、その輪を拡げていく。ここに描かれるのは、どんな時代になっても不変のエンタメ・ビジネスの極意である。音楽好きはもちろんのこと、ビジネス志向の方にも大きな示唆を与えてくれるはずだ。
「LOVE LIFE」(9月9日から映画館で公開)
◇混乱だらけの関係もまた愛と呼ぶにふさわしい開かれた悲喜劇(文:村山章)
「淵に立つ」「本気のしるし」の深田晃司監督の新作タイトルが「LOVE LIFE」だと知って、これはひと筋縄ではいかない映画になるぞと考えていた。「愛ある生活」とでも訳せばいいのだろうか。しかし深田監督がこれまで描いてきた家族像や恋愛像は、世間が語る愛情とははるかにかけ離れたものだったからだ。
いったい深田監督はどういうつもりなのか? 本気で愛を描くつもりなのか、それとも皮肉? 詳細が明かされてみれば「LOVE LIFE」は深田監督が大ファンである矢野顕子の曲のことだという。本作は、矢野顕子が歌う「LOVE LIFE」の別解釈であり、映画という形を借りたカバーバージョンといえる。そして完成した映画はやはり、奇妙でイビツで、それでいてひねくれたところが見当たらない、ピュアな深田作品としか呼びようがないラブストーリーだった。
主人公の若い夫婦は、妻の前夫との連れ子を一緒に育てている。しかし想定外の悲劇や珍事が重なって、仲睦まじい家族像からどんどん逸脱していく。夫はどんどん軌道を逸れていく妻の暴走を理解できず、2人が同じ方向を向いていないことはハッキリしている。ヒドいことも可笑しいことも起きるが、基本的なトーンはどこか抜けが良い。深刻な顔をしていいのかバカバカしくて笑っていいのか、大いに観客を戸惑わせるのではないか。
さらに言えば、2人を取り巻く人々もまた、それぞれに間違ったり正しかったり、迷惑だったり優しかったり、役割がコロコロと変わって一定しない。多くのフィクションが登場人物に明快な役割を担わせているのとは真逆で、登場人物たちの一貫しないゆらぎこそが、人間であり現実なのだと言われている気がしてくる。
深田監督はこれまでも、イビツな家族を描くことについて「自分にとって普通の感覚を描いているだけなんです」と答え続けてきた。結果、フィクションが培ってきた「理想の家族」というイメージを映画から引き剥がし続けてきたとも言える。
こんがらがって、ときに意味不明で、ロマンチックとも合理性とも程遠い。そんな人間関係を提示することにどれだけの商品的価値があるのかはわからない。しかし、現実や社会とフィットしない疎外感を日々感じている人たちにとって、正解を求めない本作の風通しの良さは救いにも感じられるはず。誰にも何も強要せず、混乱だらけの関係もまた愛と呼ぶにふさわしいのだと宣言するような、とても大きく開かれた悲喜劇だと思っている。