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“生きづらさ”を感じるあなたへ おすすめ新作映画3本【次に観るなら、この映画】8月28日編
毎週土曜日にオススメ映画3本をレビュー。
①地方局のAPとして働く女性の“生きづらさ”を描いた「愛のくだらない」(8月27日から映画館で公開)
②「血中アルコール濃度を一定に保てば仕事の効率がよくなる」という理論を証明するため、朝から酒を飲み続け仕事に向かう高校教師たちを描いた「アナザーラウンド」(9月3日から映画館で公開)
③韓国のスター俳優イ・ビョンホンとハ・ジョンウが初共演を果たしたディザスターパニックアクション「白頭山(ペクトゥサン)大噴火」(8月27日から映画館で公開)
劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
◇“生きづらさ”を感じている人へ、今をどう生きるかを描いた群像劇(文:映画.com 和田隆)
「愛のくだらない」(8月27日から映画館で公開)
普通であれば“女性のキャリアと出産”の話にしてしまうところを、野本梢監督は、ひとりの30代の人間が失敗を繰り返しながらも成長していく話を軸に、独自の視点と角度から描いている。
自身の体験を元にしているというが、その感覚は「愛のくだらない」というタイトルからも感じられるだろう。
これまで撮った長短編で野本監督は、親友への恋心を打ち明けられず悩むレズビアン女性、子育てを通して自身の葛藤と向き合う若い母親、年齢を重ねるごとに変化していく姉妹の関係、または人生の岐路に立たされた大学生の葛藤など、社会の片隅で追いやられてしまったり、他者との違いに思い悩んでいる人間などを、LGBTQやハラスメントといったテーマを交えながら、“生きづらさ”を感じている人々に光を当てて見つめてきた。
初期作品の「あたしがパンツを上げたなら」からはじまり、第24回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭レインボー・リール・コンペティショングランプリや第10回田辺・弁慶映画祭映画.com賞などを受賞した「私は渦の底から」、国内映画賞を受賞した「わたしが発芽する日」や「次は何に生まれましょうか」など、その独特なタイトルも野本監督の思考の特徴の一つだ。
「愛のくだらない」はテレビ局で働く30代の女性・景が主人公。仕事は多忙を極めるが上手く進まず、「結婚」や「出産」というものが差し迫ってくるなか、同棲する彼氏との関係は冷え込み、次第に周囲との関係もおかしくなり始めて追い詰められていく。
そのもがき苦しみ、間違いを犯しながらも走り続けなければならない様は、「大人」として生きねばならない者ならば男女問わず共感するところがあるのではないだろうか。気づかぬうちにイライラしてしまい、他人にあたってしまう姿は見ていて身につまされる。
野本作品で度々挿入されるトイレやお風呂場などの水や渦にのみ込まれるシーンは、息ができなくなってしまった主人公の精神や心情を表現していて印象的だ。
野本監督は景に寄り添いながらその心情を生々しく描き、主演の藤原麻希のリアルな演技がプラスされて、景の焦燥感やトゲトゲしさが痛いほど伝わってくる。また、景の彼氏や周囲の人物像もしっかりと描かれているので、群像劇としても見ることができ、それによってさらに景の葛藤が浮き上がってくる。
野本監督作品の常連である長尾卓磨や橋本紗也加、根矢涼香、笠松七海らに加え、景の彼氏役のお笑いトリオ・ななめ45°の岡安章介や、手島実優らが脇を固め好演している。
◇映画的なカタルシスに満ちた、ミケルセンのダンスが鮮烈なラストシーン(文:映画ライター 清藤秀人)
「アナザーラウンド」(9月3日から映画館で公開)
“血中アルコール濃度を一定に保てば仕事の効率が上がる”という理論を実践する、4人の高校教師たちの大胆で愉快な挑戦の物語だ。要は飲みたいだけだろ? というツッコミは勘弁願いたい。その後の展開は酔いが一気に冷めるくらい痛烈なのだ。
アルコール濃度チャレンジにトライするのは、マッツ・ミケルセン演じる歴史教師、マーティンと同じ高校に勤める同業の仲間たち。当初はそれまで退屈だった講義は熱を帯びて生徒たちを喜ばせ、冷え切っていた家庭生活は解凍されたかに思えたが、酒量を増やした途端、家族には見限られ、妻と激しい口論の末、家を出てしまうハメに陥る。やっぱり理論は危うい仮説に過ぎなかったのか。
酒は飲んでも飲まれるな。そんな使い古されたフレーズが一瞬頭を過ぎる。でも、今年のアカデミー国際長編映画賞を始め、各国の映画賞を総なめにしたトマス・ビンターベア監督の演出(&脚本)は、悩める中年男たちを簡単には見捨てない。
酒をきっかけにして、彼らがそれまで目を背けていた現実と否応なく向き合い、挫折し、やがて克服する姿を描いて、人に対して温かく、同時に説得力のある提案を差し出すのだ。破綻した人生を再生するための一つの手段として、酒の力を借りることも有効だということを。
ミケルセンが俳優になって以降、長く封印していたバレエダンサーとしてのスキルを思いっきり爆発させるラストシーンは、生きる喜びと辛さが溢れ返り、深刻なドラマを劇的に締め括る映画的なカタルシスに満ちている。
そして、そんなミケルセンの背後では、ダメな教師たちを尻目に卒業面接を無事にクリアした高校生たちが、揃いの白い卒業帽を被り、トラックの荷台の上で大騒ぎしている。デンマークの教育の健全さが分かるそのシーンは、今まさに人生の荒波に漕ぎ出していく者と、うねりに飲み込まれ、足掻く大人たちの対比が鮮烈なベストショットだ。
◇噴火阻止のために核を奪う、これぞ韓流ディザスターアクションの極!!(文:映画評論家・ライター 尾崎一男)
「白頭山(ペクトゥサン)大噴火」(8月27日から映画館で公開)
韓国がディザスターパニックの真髄を見せつけ、その勢いづいた設定が想像の斜め上をいく衝撃作だ。
中国と北朝鮮の国境にまたがる白頭山が噴火し、火山性地震によって朝鮮半島の広域で都市が崩壊。事態を憂慮した韓国側政府は、地質学者のカン教授(マ・ドンソク)に協力を乞い、核爆発でマグマの圧力を下げ、火山活動を人為的に抑える秘策を得る。
だが韓国は非核兵器国。そこで政府が発動させたのは、なんと北朝鮮の伝説的工作員(イ・ビョンホン)と接触し、同国の核兵器を奪うという計画だった。任務を負うのは、軍の爆破処理班・チョ大尉(ハ・ジョンウ)を中心とする特殊編成部隊。タイムリミットは最後の大爆発が起きるまでの、わずか75時間!!
我が国の富士山に相当する、朝鮮半島の名峰が突如火を吹く——。そんなアッパーぶりに加え、カタストロフ阻止のために核を盗むといった、飛躍がすぎる解決案に誰もが茫然となるだろう。なにより我らがマブリーことマ・ドンソクが天才学者を演じる段階で、この映画は噴火の脅威以上に人の不安をあおる。みんな彼が火口に巨岩をぶん投げ、自力で火山を封じると思ってただろ? オレもそう信じて疑わなかったよ。
だが「論より鉄拳」の印象強めなドンソクの知性的演技は意外と板についており、国難を頭脳で乗り切るキレ者として違和感はないし、南北の選ばれし者たちが共闘し、未曾有の危機へと立ち向かう熱量が、先述した刺激強めの要素を味わい深い感動へと昇華させる。
ビョンホン演じる工作員もそう、家庭を顧みず一匹狼として生きてきた冷血漢が、ジョンウら敵国の軍人たちとの接触によって己れを悔い改めていく。このように変容する個々のドラマが、絶望的な状況を打破する切り札として機能し、観る者の魂を揺さぶる結末へと導いていくのだ。
同時にハリウッドの同ジャンルに引けを取らない、終末感ある都市破壊ショットをのっけから惜しまず投入。おまえら時間制限があるのを忘れるなといわんばかりに起こる地震や大噴火の連打は、まるでパティをパティで挟んだ肉々ハンバーガー状態だ。
こんなランニングタイム3時間は超えそうな内容を、布団圧縮機にかけたようにコンパクト化し、わずか2時間弱でまとめてしまう。韓国映画の創造に対する前のめりな姿勢を、あらためて感じずにはおれない。