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映画.com編集部イチオシ「111の映画旅行」 【次に観るなら、この映画】6月11日編
毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
①映画.com編集部員がこぞってオススメする良作「ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行」(6月10日から映画館で公開)
②作家スティーブン・キングの小説を再映画化した「炎の少女チャーリー」(6月17日から映画館で公開)
③在位70周年となるイギリス君主エリザベス2世の初長編ドキュメンタリー「エリザベス 女王陛下の微笑み」(6月17日から映画館で公開)
劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
「ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行」(6月10日から映画館で公開)
◇超ド級シネフィルが語る傑作映画111本 ボーダーレスなセレクト&分析が面白過ぎる(文:映画.com編集部 岡田寛司)
これまで見た映画は1万6000作品以上、「365日毎日欠かさず映画を観ている」という人物が語る傑作――そんな前置きをされてしまったら、耳を傾けたくなるのは当たり前だ。話し手は、スコットランドのドキュメンタリー監督であり、超ド級のシネフィルでもあるマーク・カズンズ。
彼が焦点を当てるのは、2010年~21年に公開された111作品。独自の視点と切り口で展開する、カズンズ流の“ガイド”。これがめっぽう面白い。
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カズンズ監督が誘う旅は、「ジョーカー」と「アナと雪の女王」の接続からスタート。2作品に解放という共通点を見出し、まずは「映画言語の拡張」というテーマで走り出す。つまりは「慣習にとらわれずに製作された映画について」だ。
例えば、コメディでは、インド映画「PK」における最大のトーン転換、「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」のジャンプカット的構成の妙、そして「デッドプール」のオープニングを賞賛した後、ウガンダ映画「クレイジー・ワールド」へと飛躍。映画に国境線はない――その思いを表明するかのような、ボーダーレスなセレクトに頭が下がるばかりだ。
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アクション(例「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」「マッドマックス 怒りのデス・ロード」等)、ミュージカル(例「ベイビー・ドライバー」「銃弾の饗宴 ラームとリーラ」等)、ホラー(例「ミッドサマー」「イット・フォローズ」等)と横断し、さらにはペドロ・コスタ、ラブ・ディアスといった作家の作品を挙げつつ“スロー映画”の魅力も説く。カズンズ監督の語りは、鑑賞欲を常に刺激してくれる。例えば、ドキュメンタリーのパート。「これは、ドキュメンタリー映画監督の最高の標語」なんて言われたら、すぐにでも全編を見たくなるでしょう?(ちなみに、アナンド・パトワルダン監督作「理性」における一場面のこと)
第二部では「我々は何を探ってきたのか」という点を追求し、映画の中身だけではなく、技術革新も紹介。「リヴァイアサン」のGoPro、「ハッピーエンド」「タンジェリン」におけるスマートフォンの映像は、映画に一体何をもたらしたのか……。そして、ジャン=リュック・ゴダールによる3D撮影の再発明(「さらば、愛の言葉よ」)、ツァイ・ミンリャン監督作「蘭若寺の住人」が示すVR映画の可能性なんてものも語られるのだ。
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果ては技術の進歩と演技、デジタル配信の登場によって変化した映画の供給元と受け手の関係性にも言及。話題は目まぐるしく転換していくのだが、カズンズ監督の“繋ぎ方”が巧いというのも、本作の特徴のひとつ。映画はどういう視点で見ればよいのか? 映画はどういう風に語ればいいのか? そんなことを一度でも感じた人に猛プッシュしたい作品だ。
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「炎の少女チャーリー」(6月17日から映画館で公開)
◇再映画化は原作の軌道を離れ、逆にカタストロフの筆致へと迫る(文:映画評論家&ライター 尾崎一男)
パイロキネシス(念動放火)を持つ超能力少女の、過酷で苦衷に満ちた逃亡劇、じつに38年ぶりとなる再映画化だ。
だからって、なにも邦題まで受け継がなくても……と感じる人はいるだろう。だがタイトルが同じでも中身は違う。小説のプロットに忠実だった1984年の「炎の少女チャーリー」とは対照的に、本作は序盤でスティーブン・キング原作らしい錯時構成を共有しつつ、広く知られたストーリーに「おおっ!」と前のめりになるようなアレンジが加えられている。
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一部キャラクターにおけるジェンダーの入れ替えや設定づけの過激化に始まり、ストーリーの後半そのものが大きく軌道を外れていくのだ。なにより84年版は原作に従属することで、全体的に間伸びした印象を与えたが、今回はよい意味で見通しの利かなさと意外性が、観る者の驚きを持続させてくれる。
逆に経年なりの技術的な発達が、キングの巧みな筆致で綴られた炎のカタストロフィな描写に迫り、こちらは原作のテイストにより近づいたものといえるだろう。加えて怒りを大きな助燃性とするチャーリーの能力は、迫害や差別といった圧がそれを高める起因となって、観る者の共感を誘引する。
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そのために学校でのいじめやメディアスクラムといった要素が大きくクローズアップされ、はからずもそれがジェイソン・ブラムのプロデュース作らしい、社会へのシニシズムに満ちた視線へと通じていく。ドリュー・バリモアの可愛さ一点張りだった先代チャーリーに比べ、ライアン・キーラ・アームストロング演じる彼女は大人への不信を全身からにじませ、膨張する憎悪が表情を経て観客を射抜く。その様相はまさしく“炎の少女“だ。ここにきて、なんたる邦題の正当性よ!
まるで旧作に親でも殺されたかのようなディスりっぷりだが、タンジェリン・ドリームによる無機質なシンセサイザーのサウンドに乗り、巨大な火球がボンボンと放たれていくクライマックスなど個人的に嫌いではない。だが抑制を失ったチャーリーの猛火が周囲を容赦なく延焼させ、それをジョン・カーペンターのスコアが盛り上げるさまに「これこそがオレの望んだ「ファイアスターター(原作タイトル)」だ!」と高揚させられては仕方あるまい。
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もともと氏は84年版を監督する予定だっただけに、こうして捻りを経ながらの関与には感情レベルで涙を禁じえない。しかもカーペンターの作品でも観ているかのようなフレーズが全開で、カッコよすぎてこっちが勢いよく燃えそうだ。
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「エリザベス 女王陛下の微笑み」(6月17日から映画館で公開)
◇愛と敬意、女王陛下の“極上の微笑み”が満ち溢れた労作(文:映画.com編集顧問 髙橋直樹)
2020年、コロナ禍に直面して新作準備ができない中、「ノッティングヒルの恋人」(1999)のロジャー・ミッシェル監督は考えた。こんな時だからこそ作れる映画があるはずだ。世の中には数多の映像があり、許諾が取れたらユニークなドキュメンタリーを作れるに違いない。
「モナ・リザ」のように世界の誰もが知りながら、その素顔を見たことがない人物とは誰か。監督と製作チームが選んだのは、英国の顔として在位70年、御年96歳(2022年現在)を迎えようとしていたエリザベス女王だった。
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エリザベスは、世界最高齢の国家君主であり、世界53カ国に及ぶ英連邦諸国(コモンウェルス)を率いるリーダーでもある。1952年2月6日、25歳でエリザベス2世として即位、翌年に父ジョージ6世の王冠を引き継ぐ。後年、王冠を手にした彼女は“父とは驚くほど頭の形が似ていた”と微笑む。
戴冠式の後、イギリスの新たな顔として半年間の世界ツアーを敢行。57年に初の国連演説、65年には英国元首として約半世紀振りの西ドイツ訪問、ビートルズに大英勲章第5位を叙勲(69年にジョン・レノンは返上)。75年には日本の地を踏んでいる。
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1981年、公式誕生日パレードで襲撃未遂事件、息子のチャールズがダイアナと結ばれたのはこの年だ。92年は、ウィンザー城が燃え、娘のアン王女が離婚するなど厄災が続いた。金婚式を迎えた97年、ダイアナ元妃が事故で逝去、沈黙を続け国民から大バッシングを浴び、葬儀に際して彼女の死を悼んだ。
2012年のロンドン五輪開幕式では「007」のダニエル・クレイグと共に空から登場、翌年には映画界に対する貢献によって BAFTA名誉賞を受けている。
若き日の決断と冒険、皇室にまつわる葛藤と逡巡など、エリザベスは何度も映画化されてきた。生きる伝説を描くという至難の業に挑んだ製作陣は、幼少期から直近までの膨大なアーカイヴをテーマ別に編集、常に微笑みを絶やさない女王の素顔に迫っていく。
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バッキンガム宮殿のしきたりと面会人たちのリハーサルに始まり、時が止まったかのようなウィンザー城での日常、世界行脚と政治家やセレブとの面会、7000人が集うガーデンパーティでは誰にも気さくに声をかける。競馬に狂喜し、テムズ川の船上でチャーチルから金言を授かることも。良いことばかりではない、厄災の連鎖に「ひどい年」だと塞ぎ込むこともあった。
戴冠後には一度として同じ装いがないことにも驚かされる。ドレス姿で微笑む姿は、「ローマの休日」(1953)に主演したオードリー・ヘプバーンのお手本になり、時には軍服姿で兵士を勇気づけた。颯爽と馬に乗る姿は凛として美しく、若き日のポール・マッカートニーも魅了された。
ナレーションを使わず音楽で語る演出も冴える。クラシックからポップス、“女王陛下は可愛い娘”と歌うビートルズの「ハー・マジェスティ」まで、絶妙な選曲で時代を映し出したロジャー・ミッシェル監督は、2021年9月22日、サウンドミックスを終えた後に急逝。エリザベスへの愛と敬意、女王陛下の“極上の微笑み”が満ち溢れた労作を残して65歳で旅立った。
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