見たことがない「ONE PIECE」を表現したい… 予想外にエモい新作など【次に観るなら、この映画】8月6日編
毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
①大ヒットコミック「ONE PIECE」の劇場版アニメ「ONE PIECE FILM RED」(8月6日から劇場で公開中)
②「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」監督の最新作「プアン 友だちと呼ばせて」(8月5日から劇場で公開中)
③地下鉄の廃トンネルで暮らす母娘の地上への逃亡を描いた「きっと地上には満天の星」(8月5日から映画館で公開中)
劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
「ONE PIECE FILM RED」(8月6日から劇場で公開中)
◇「外部の目」で「ONE PIECE」映画に新しい風を吹きこむ(文:五所光太郎)
連載25周年をむかえ、クライマックスに向けて更なる盛り上がりをみせている漫画「ONE PIECE」。その15作目となる劇場版「ONE PIECE FILM RED」を手がける谷口悟朗監督は、「ONE PIECE」のテレビアニメ化前、「ONE PIECE」初の映像化作品「ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック」で監督デビューをはたしている。
24年ぶりに「ONE PIECE」に関わる谷口監督は、今回の劇場版を監督するにあたっての自身の大きな役割を「外部の目」と言い表していた。「ONE PIECE」をより広い層に届けるため、これまでの劇場版や放送中のテレビシリーズを基礎としながらも、長い歴史のなかで自然とできあがった型をスクラップ・アンド・ビルドする。そこから生まれた自由さによって、今まで見たことがない「ONE PIECE」を表現したいという趣旨のコメントだった。
たしかに、「コードギアス 反逆のルルーシュ」シリーズなどの大作を手がけてきたベテラン監督である谷口監督にふさわしい役割で、もともと子ども番組やファミリー向けの作品を手がける監督になりたかったという谷口監督にとっても大きな挑戦となる。そうした新しい風を吹きこませるべく制作された同作は、「ONE PIECE」にほとんど触れてこなかった筆者のような人間にも、今回の劇場版はいつもとちょっと違った感じで、ファンでない自分が見ても面白そうだという印象が発表時からあった。
今作では、シャンクスの娘ウタが披露する歌が大きくフィーチャーされるほか、ルフィが冒険にでるきっかけとなったシャンクスをめぐるドラマ、歴代キャラクターの登場、見ごたえ十分のアクションなど、あふれんばかりの要素が詰めこまれている。それらてんこ盛りの要素が、「ONE PIECE」ファンだけでなく、「ONE PIECE」初心者の観客にも楽しめる絶妙なバランスで盛りつけられているのは「外部の目」の力によるものだろう。
「プアン 友だちと呼ばせて」(8月5日から劇場で公開中)
◇“終わり”から始まる新たなストーリー 予想外のエモい展開が感動に繋がる(文:岡田寛司)
「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」で注目を集めたバズ・プーンピリヤ監督の“半自伝的ストーリー”を、世界的名匠ウォン・カーウァイがプロデュース。そんな売り文句を聞かされたら、期待値はぐんぐんと上昇するに決まっている。さて、仕上がりは? 稀有な才能たちが創り上げた“男二人旅”……同行する価値は十二分にあった。
物語の中心を担うのは、白血病で余命宣告を受けた青年・ウードと、ニューヨークでバーを経営する親友のボス。ウードの最後の願いは“元カノ巡り”だ。再会を喜んでくれる者もいれば、拒絶する者もいる。思い出は、誰かにとっては輝きを放ち、他の誰かにとっては見向きもしたくないものだったりもする。ひとつの出来事に対する意味合いだって、人によってはまったく変わってしまうものだ。
そんな甘くて苦い旅が続いていく……のだが、終着点で思わぬ出来事が起きる。クライマックスから「新たなストーリーが始まる」という、この構成が新鮮だ。出会いと別れが確約されている“元カノ巡り”。そこには「感謝」と「謝罪」が同居している。ありがとう、そして、ごめん……。この要素が、同行者だったボスの過去と未来をガラッと変えてしまう。この意外でエモい展開! 流石に予想することはできなかった。思わぬ不意打ちに感動してしまったのは言うまでもない。
「一緒に映画を作ろう」と持ち掛けたのは、カーウァイ監督だそう。脚本執筆、キャスティングに徹底して付き合ったようだが、撮影現場には1度も顔を出さなかった。完全な自由を与えられたプーンピリヤ監督。パーソナルな作品ゆえに“自分らしさ”を遺憾なく発揮したテイストになるかと思いきや、画作り、照明の具合には“ウォン・カーウァイ”らしさが感じられる。撮影は「バッド・ジーニアス」に続いてパクラオ・ジランクーンクム。「ウォン・カーウァイ×クリストファー・ドイル」ばりの名コンビとなっていくに違いない。
ぜひ音楽にも耳を傾けてもらいたい。ボスのクールなカクテル作りにあわせて鳴り響くのは「セッション」でも知られる「Whiplash」。その後も、プーンピリヤ監督がチョイスしたという、エルトン・ジョン、フランク・シナトラ、キャット・スティーブンス、ザ・ローリング・ストーンズの楽曲が続々と登場。ストーリー、そして美しい映像と見事に合致しているという点がとにかく素晴らしい。
「きっと地上には満天の星」(8月5日から映画館で公開中)
◇地下鉄の廃トンネルで暮らす母娘が地上の世界へ 生々しい感情演出が見事(文:矢崎由紀子)
共同監督・脚本・主演を兼ねたセリーヌ・ヘルドに映画のアイデアをもたらした「モグラびと/ニューヨーク地下生活者たち」は、地下鉄の廃トンネルなどで暮らすホームレスを取材したルポルタージュ。アメリカでは1993年に出版されたが、翌年、ニューヨーク市の治安改善と再開発を政策に掲げたルドルフ・ジュリアーニが市長に就任。浄化の波は地下にも押し寄せ、モグラびとのコミュニティは21世紀を待たずして崩壊した。そんな歴史を踏まえてこの映画を観れば、これが地下生活者の現状を問題視した社会派映画ではないことがわかる。中核に据えられているのは、あくまでも母と娘の関係だ。
母のニッキー(ヘルド)は、5歳の娘リトル(ザイラ・ファーマー)に、「背中に翼が生えるまでは、ここにいるのが安全だから」と地下で暮らす理由を説明する。過酷な環境にある子どもの心をファンタジーで守るニッキーのやり方は、強制収容所の生活はゲームだと息子に教える「ライフ・イズ・ビューティフル」の父親に似ている。しかし、強制退去の手が迫ったことで、ニッキーとリトルは、ファンタジーの通用しない地上の世界に出て行かざるをえなくなる。
その一夜の出来事を描いたドラマは、良い母親と悪い母親の問題を突き付けてくる。リトルの視点から見れば、惜しみなく愛情を注いでくれるニッキーは良い母親だ。しかし社会通念に照らせば、売春で生活費を稼ぐ麻薬依存症のホームレスで娘を学校に行かせることもできないニッキーは悪い母親だ。「フロリダ・プロジェクト」の母親と同様、娘に福祉の手が及ぶことを恐れているニッキーは、地下鉄の駅でリトルとはぐれた時も、たった一人で探さねばならない。その体験は、彼女にとって、母親としての能力と限界を知らしめる試練になる。名実とも良い母になれないなら、自分は娘のために何ができるのか? ニッキーの混乱と焦燥感、葛藤のすえの覚悟を、この映画は疑似体験させる。生々しい感情演出が見事だ。