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緊急事態宣言が出たので、自宅での映画鑑賞にオススメの作品をご紹介します 究極のネタバレ映画など3本を徹底レビュー!
【次に見るなら、この映画】映画.comオススメの“良作” 1月9日編
映画.comが毎週、オススメ作品をレビュー。1都3県で緊急事態宣言が発令された今週は、自宅で鑑賞してほしい3本を選んでみました。
①日本映画史に燦然と輝く名作にして、“究極のネタバレ映画”と称される「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」(1977年製作)
②オシャレでウィットに富んだコメディを得意とする名匠ウッディ・アレン監督による名作「カイロの紫のバラ」(1985年製作)
③難解で尖りまくった作品で知られるデビッド・リンチ監督の、カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作「ワイルド・アット・ハート」(1990年製作)
週末に、どんな映画を見ようか……そう悩んでいる人は、ぜひ参考にしてみてください!
「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」(1977年製作)
◇究極のネタバレ映画 それでも何度となく観てしまうロードムービーの代表作(文:映画.com副編集長 大塚史貴)
見出し通り、日本映画史に残る究極のネタバレ映画である。「幸福の黄色いハンカチ」というタイトルに始まり、ポスターにいたっては何をかいわんや……、これだけで一目瞭然。無数の黄色いハンカチがはためくなか、主人公・島勇作に扮した高倉健さんが佇んでいるのだから。
それでも、否、だからこそ多くの国民は今作を愛し、飽きることなく何度でも観るのだろう。
1977年10月1日に封切られた今作は、任侠映画のスターだった健さんを主演に迎え、刑期を終えて出所した男が、偶然出会った若いカップルに後押しされて妻のもとへ戻る姿を描いた、言わずと知れた感動作だ。
健さん、倍賞千恵子のほか、銀幕デビューとなった武田鉄矢、桃井かおり、渥美清さんという豪華なアンサンブルキャストも大きな話題を呼び、第1回日本アカデミー賞をはじめ、その年の映画賞を総なめにしている。
「君よ憤怒の河を渉れ」「八甲田山」、そして今作に出演したことで、10年以上にわたり出演を続けてきた任侠映画のイメージから脱却することに成功した健さん。出所直後の勇作が、食堂で女性店員に注いでもらったグラスのビールを両手で包み込むように持って飲み干し、醤油ラーメンとかつ丼を頬張るシーンにまつわる逸話は、あまりにも有名だ。
本編で使用されているのはラーメンをすするくだりだけだが、山田監督からは一発でOKが出たという。出所後に初めて口にする冷えたビールと、湯気の立ち上るラーメンの意味するところを健さんが明確に理解していたからこそ、この撮影のために2日間何も食べずに現場に臨むことが出来たのだろう。
勇作と旅を共にするのは、失恋して自暴自棄になり退職金で購入した新車(真っ赤なファミリア)で北海道を旅する鉄也(武田)と、同様に失恋旅行で訪れた網走で鉄也にナンパされた朱美(桃井)。
阿寒湖、陸別、帯広、新得と旅を続けるなか、光江(倍賞)が待つクライマックスをより効果的なものとするため、その道中は極力、黄色いものが映り込まないように配慮したという山田監督の演出の妙を味わいながら、今一度鑑賞するのも一興だ。
「カイロの紫のバラ」(1985年製作)
◇セシリアの映画が、いつまでも終わらないことを願って(文:映画.com編集部 飛松優歩)
映画を愛する者であれば、1度は「スクリーンのなかの世界に行くことができたら」「映画の登場人物と話すことができたら」という願望を抱いたことがあるのではないだろうか。そんな夢を叶えてくれるのが、ウッディ・アレン監督の名作「カイロの紫のバラ」。
男と女の物語を紡いできたアレン作品のなかでも、映画愛に溢れた、とびきりロマンティックな1作。そしてアレン監督自身も、記念すべき第50作「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」のインタビューで、「カイロの紫のバラ」をお気に入りの作品と語っている。
物語の主人公は、大恐慌時代の米ニュージャージーで、甲斐性なしの夫と貧しい生活を送るセシリア(ミア・ファロー)。彼女の唯一の心の支えは、映画館で映画を見ること。映画を見ている間だけは、惨めな現実を忘れ、きらびやかなスクリーンの世界に逃避できる。
ある日、セシリアが映画「カイロの紫のバラ」を見ていると、映画の登場人物トム・バクスター(ジェフ・ダニエルズ)がスクリーンを飛び出し目の前に現れる。やがて騒動を聞きつけ、トムを演じた俳優ギル(ダニエルズ/1人2役)も登場し、セシリアは奇妙な三角関係に巻きこまれていく……。
様々なアイディアや仕掛けがちりばめられた本作でも、トムが引き起こすドタバタ騒動は大いに笑いを誘う。映画のなかだけに存在していたトムは、小道具である偽物のお金しか持っておらず、ディナー代を払えなかったり、セシリアにキスした後、不思議そうな顔で「フェードアウトしないのか?」と呟いたり(映画のラブシーンでは、フェードアウトがお約束なのだ)。
そうした映画世界と現実とのずれが、コミカルに描かれていく。一方で、現実の厳しさを知らない純粋なトムは、向こう見ずなほど全力でセシリアを守ろうとし、彼女もまたそんな姿に惹かれていく。現実世界の住人たちがトムに向ける羨望の眼差しは、フィクションの世界への憧れそのものなのだろう。
ファンタジックな設定が導く軽やかなストーリーは、やがてセシリアに「今いる現実か、どんな夢も叶う映画の世界か」という選択を迫る、厳しいシチュエーションに帰着する。セシリアが下した決断がどのようなものであれ、彼女は自ら選びとった世界で生きていくしかない。
最初に鑑賞した10代の頃は、くだらない現実からの解放をスクリーンに託していた者のひとりとして、結末にはただただ涙が止まらなかった。
しかし20代になり、英ロンドンでリバイバル上映の機会に恵まれた。映画から抜け出したトムを驚きの表情で見つめるセシリアを、スクリーンの外から眺める私たち。本作の魅力を最大限に体感できる映画館での鑑賞に、いたく感動したわけだが、新しい気付きもあった。
それは、フィクションに抱くセンチメンタリズムを肯定するような優しい眼差しが、結末にそっと忍ばせてあること。セシリアの映画が、いつまでも終わらないことを願っている。
「ワイルド・アット・ハート」(1990年製作)
◇リンチ絶頂期。「ツイン・ピークス」のリバウンドから生まれた、能天気なノワール(文:映画.com編集長 駒井尚文)
日本では「ブルーベルベット」から4年後に公開された「ワイルド・アット・ハート」ですが、私もリアルタイムで鑑賞しています。
「ブルーベルベット」では初々しいティーンエイジャーだったローラ・ダーンが大胆なベッドシーンを披露し、その相方はカイル・マクラクランとは全然違うタイプのニコラス・ケイジになっていましたが、イザベラ・ロッセリーニは怪しい情報屋役で続投していたし、「イレイザーヘッド」以来の常連ジャック・ナンスもいい味を出していたりと、「リンチ組健在」を確認できる嬉しい案件でした。
そして、これは初見の時にはまったく気がつかなかったのですが、実は「ツイン・ピークス」とのキャストのカブりは(スタッフのカブリも)もっと激しい。
「いい魔女」役で宙に浮かんだのは、ローラ・パーマー役のシェリル・リーだし、ローラのお母さん役のグレイス・ザブリスキーは眉毛がつながったメイクで怪演してます。交通事故で血まみれになって錯乱している若い女子は、オードリー・ホーン役のシェリリン・フェンだし、トレモンド夫人(劇場版ではシャルフォン夫人)もちょろっと出ています。
しかし「ワイルド・アット・ハート」には、秘密を探りに行くような知的好奇心の喚起は一欠片もありません。単にセックスと快楽を求めるカップルの能天気なノワール。「ツイン・ピークス」にずっぽりハマった人たちには、かなり物足りない代物でもある。
時系列を整理しましょう。日本では「ワイルド・アット・ハート」(1991年1月公開)→「ツイン・ピークス」(91年4月にWOWOWで放映開始)の順番ですが、アメリカでは「ツイン・ピークス」(90年4月放映開始)→「ワイルド・アット・ハート」カンヌ映画祭(90年5月)でパルムドール→全米劇場公開(90年8月)という順番になります。
2020年秋に発売されたリンチの自伝本「夢見る部屋」にこんな記述がありました。「どこかの時点で『ツイン・ピークス』は映画というよりテレビ番組になって、それがマーク(・フロスト)と私だけのものじゃなくなったとき、私はなんだか興味を失ったんだ。そこで『ワイルド・アット・ハート』を読んで、キャラクターがすごく気に入った」とリンチは語っています。
同じ本で、リンチ組の編集担当デュウェイン・ダンハムが語っています。「『ツイン・ピークス』のパイロットを仕上げているときに、デイヴィッドが降りると言うんです。そして一週間後にやってきて『ワイルド・アット・ハート』を撮るから編集しろと言うんです」<中略>「デイヴィッドは『どうすれば『ワイルド・アット・ハート』を編集してくれる?』と尋ねるので、監督する機会をもらえるならやりますと言ったら『オッケー、『ツイン・ピークス』7話分の依頼が来たから、最初のやつとあと何本か監督してよ」
身内の間とはいえ、そんなディールがあったとは!
リンチは「ツイン・ピークス」パイロット版の仕上げの時点で、すでにシリーズに対するモチベーションを失っていたんですね。確かに、ファーストシーズン第1話の監督はデュウェイン・ダンハムが務めていて、リンチが監督した回は、パイロット版を除けば第2話の1回だけ。パイロット版を製作した時に気に入ったキャストやスタッフに声をかけて「ワイルド・アット・ハート」を作っていたというわけです。
暴力やセックス描写、音楽など、テレビの窮屈なコードで背負ったストレスを、「ワイルド・アット・ハート」で憂さ晴らししてた。まさに「アンチTV」な映画です。観客は、「謎解き」からも解放されて、映画館で目と耳と身体で浴びるように楽しんでくれと言わんばかりの。
冒頭、1本のマッチの炎から始まって、3分あまり画面がメラメラ燃えさかるオープニングクレジットのシークエンスからして、その美しさは尋常じゃありません。できるだけ大画面で、できるだけ大音声で楽しんでください。
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編集した人