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予算は「引け」ますか?――日本語におけるコロケーション――【若洲日記7】

 「英語の『コロケーション』的な概念を、日本語にも導入している人っていますか?」

 オープンチャット的なところで上の質問が突然流れてきた。学生の頃にコロケーションの概念に触れた人は一定数いると思うが、確かに日本語で単語動詞の連なりという意味で、コロケーションとはあまり言わない。しかし、発問を受けて自分で考えてみると、俳句を作るときには同居させることができる単語同士かどうかは大きな問題になるので、無意識下でコロケーションについて考えを巡らせていることに気づいた。そこで今回は日本語のコロケーションについて言語化してみることにする。

コロケーションとは

 軽くではあるが、まずはコロケーションについて確認しておく。日英両方の辞書で引くと次のように説明されている。

文や句において、文法的、意味的に関連する二つ以上の単語の結合がある程度固定化している関係。また、その結合の仕方をいう。

日本国語大辞典(小学館、2005)

the habitual juxtaposition of a particular word with another word or words with a frequency gerater than chance:
a pair or group of words that are juxtaposed in such way:

〈ChatGPTを用いて翻訳〉
特定の単語が別の単語や語句と偶然以上の頻度で習慣的に並べられること。そのように並べられた単語のペアまたはグループ。

Oxford Dictionary of English (Oxford University Press, 2005)

 だいたいのところは上記の辞書の記述でわかる。ある単語Aがあったときに、別の語句と比べて相対的に結びつきやすい語句Bがあったときの単語Bそのものや、AとBの関連を指すという理解で概ね良いだろう。慣用句よりは厳密ではないが、関連性の高い語の連なりというわけである。

「引く」から考える日本語のコロケーション

 日本語のコロケーションを考えるにあたって題材として他動詞「引く」が取る目的語のバリエーションを例に取る。基本の単語となる「引く」の辞書的説明は次のとおりだ。

ひ・く【引く・曳く・牽く】
❶ 糸・紐などのはしを手で取り出して自分の方へ寄せる。
❷ 進むのに合わせてひき寄せながらある区域を経過する。
 ①力を加えて、自分の進むのに合わせてついて来させる。
 ②動いて行く後にそのままついて来させる。
 ③細長くつながる印をつける。線を書く。
 ④長いものでつなぐ。
 ⑤矢をつがえた弓の弦を自分の方に寄せる。
❸ のばし広げる。のべ張る。
❹ 後方へ退かせる
❺ 物を配布する。配りあてる。
❻ 引出物とする。金品を与える。
❼ あびる。入浴する。
❽ 「切る」の忌詞いみことば

広辞苑(岩波書店、2018)を適宜省略

 他動詞の「引く」だけでもこれほど多様な意味があったかと目眩のするところだが、今回取り上げるのは❷の③「細長くつながる印をつける。線を書く。」に関する部分のみである。

線を引く

 これは辞書的に真っ当な語の結びつきである。「引く」には「線を書く」という意味があるから「線」という名詞と比較的結びつきやすいはずである。自明ではあるが「書く・描く」も可能だ。

一線を引く

 先ほどの句に1字足した(偶然「一」を足した)こちらも成立する。線を引くことは、引いた両サイドを区別する意味も持ち合わせる。「一線を画す」ともいう。

罫線を引く
枠を引く

 前者は「線を引く」の派生形としてすんなり理解できる。後者「枠」も罫線とほぼ同義(少なくとも包含関係)であり、違和感はない。

 次に進む前に「画(カク)」という字についての説明。「一線を画す」で見た通り、こちらのもともとの意味は「区切る」であり、名詞にすると「区切り線」である。さて、

計画を引く

 このあたりから世の中的には受け入れられなくなってくるようだが、個人的には大きな違和感はない。鉄道のダイヤグラムを作る「職人」が定規でダイヤを引くように、あるいは表を作るべく罫線を引くように、大きな紙の上でペンを振るう人の姿を思い浮かべることができるように思う。これは計画という語の中に、「画」という線の要素があるからではないか?

プランを引く

 「計画を引く」が可能なら、英語にしても可能なのでは? ということでこちら。個人的には違和感のない表現だが、ちょっと検索してみた感じは賛否両論ありそうだった。ChatGPTに聞いてもNG用例として出てきた。このあたりからコロケーションとしては怪しいということだろうか。

予算を引く

 「線を引く」からスタートしたコロケーションの最終形態として、適用可能だと思われる最終範囲は「予算を引く」だ。こちらも検索結果での用例はほとんど見つからなかったが、口語表現として使う人はいるようだ。確かに、計画・プラン・予算には、一般的には作る・立てる系の動詞が選択される傾向がある。予算に対しての「引く」の選択は、「習慣的」という意味では日本人共通の習慣ではなさそうだが、使う人は習慣的に使う表現――いわば「個人的なコロケーション」である。

予算は「引け」ますか?

 「計画」「プラン」「予算」に対しての動詞の選択の決まり方は、対象となるものの具体性やそれらの作られ方と関連していると考えることもできそうだ。個々人の習慣によるものなので正解・不正解はないと思うが、一旦棚に上げて次の場合を考えてみる。筆者の感覚の中で、下記の太字は明確に可能な表現であるが、細字はやや違和感がないでもないと感じるものだ。

実行計画を立てる
実行計画を作る
実行計画を引く

結婚式のプランを立てる
結婚式のプランを作る
結婚式のプランを引く

3ヵ年予算を立てる
3ヵ年予算を作る
3ヵ年予算を引く

 この例の中で最も違和感なく、汎用できそうなのは「立てる」。成立・建立の「立」は幅広く使えそうだ。

 ここで2番目に多いのは「引く」だが、文例が恣意的なので、数ではなく対象物の特徴に注目して考えたほうがいいだろう。計画・プラン・予算の中でも、数字などを用いながら具体的にグラフやタイムラインとして記載できるものとの親和性が高い点が、「引く」の特徴のように思う。いくつかの文例で強調したように、「引く」という動作は、元々ははっきりとした筆跡を残すイメージを持っているためかもしれず、対象となる名詞の具体性もコロケーションに影響を与えている可能性がある。

 「作る」は単語の意味的には最もしっくり来るはずで、確かにどれも間違っているとは感じないが、この3つの事例では微妙な印象だ。おそらくは、より的確な単語があるためであろう。計画や予算のような漢語に対しては「作る」より「作成する」や「策定する」のような漢語を当てるほうが合っている気がするし、「プラン」+「作る」のテンションなら、「考える」などの具体性を下げた表現のほうが適している印象がある。これは「作る」が口語的で汎用的過ぎるがゆえのように思う。

 ちなみにこちらのページで調べたところ、50年前までの用例では、計画に対して「立てる(樹てる)」「企てる」「考える」「案じる」「描く」、予算に対しては「立てる」「作る」「組む」などが見られた。いずれでも「引く」は使われていなかったため、「引く」は文語としては過去一般的ではなかったと言えるだろう。

 日本語に限らずコロケーションは、個々人の感覚と習慣によって形成される部分も大きく、確定的なことはなかなか言えない。予算は引けるものに入る気がするのだが、皆さんはどう考えるだろうか?

FYI

 この原稿を書くために調べていたところ、「日本語コロケーション辞典」という本の存在を知った。今回取り上げたような名詞と動詞の連なりの一般的な例を紹介した本のようだ。より違和感のないコロケーションに関心のある方は参照いただきたい。


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