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週刊俳句ゑひ(第24巻43号)
ゑひ[酔]では、毎週日曜日に、上原ゑみの新作の俳句を発表します。毎週5句発表です。
深林は唐傘茸の立つてゐる
舞茸の奥へ奥へとある虫は
鉈入るる白舞茸の広さかな
椎茸の食ひ込んでゐる斜めの木
採りもせず近寄りもせず茸山
実は食用としての茸は昔からあまり得意ではなく、徐々に自身を鍛えて食べるようにはなったが、最終どうしてもダメなのが椎茸でこれだけは未だに煮ても焼いても食えない。
そんな椎茸にまつわる記憶といえば、名店と評判の天ぷら専門店で舌鼓を打つ機会に恵まれたことがあった。一品ずつ揚げては白木のカウンターに運ばれてくるそれは、私が自宅の自動天ぷらフライヤーで適当に揚げるあれとは明らかに違う。店主は、物腰は柔らかいが背中の筋がぴーんと張っているまさに職人で、黙々と作業する姿が客からも見える店内には適度な緊張感が漂っている。そんな空間で提供される天ぷらのコースも半ば、満を持した面もちで「本日は特別に良いものが入りまして」と、店主が次なる一皿を我々の座るカウンター席の前に並べた。それが嗚呼、生まれたての赤ん坊の顔かと見紛うほどの特大椎茸(の天ぷら)なのである。赤ん坊の顔に見えたのはショックのあまり私の認知が歪んだせいだろう。同伴者は笑いをかみ殺しながらも貰う気満々だが、私が口をつけないことで店主の仕入れの甲斐を失わせたくはない。行き届いた接客のお蔭で同伴者の皿へ椎茸を移す隙はなかなか生まれない。一瞬だけあった不在を捉えて皿から皿へ、そして連れの口中へ何とか届けた椎茸(の天ぷら)。急ぐ必要からほぼ丸飲みしてくれたのだがそれではせっかくの味わいが…今でも申し訳なく思う。
そんな椎茸ギライ族、なかには「椎茸が入っているから十六茶が嫌い」という人までいる。1985年にシャンソン化粧品の開発によりティーバッグで発売され、1993年からは「アサヒ十六茶」としてアサヒ飲料との提携販売が開始されたペットボトル飲料には、シイタケの成分がブレンドされている。その人の舌は十六種の素材から椎茸の味を明確に選り分けて認識してしまうそうだ。まるで気付かず十六茶をがぶ飲みしていた自分など足元にも及ばぬ嫌いっぷりに恐れ入る。ところで十六茶の素材の選択や配合はその時代の嗜好に合わせたリニューアルを繰り返しており、調べのついた限りでは2016年あたりまではシイタケ成分が入っていたようだが、現在のパッケージには、数量限定の「ご当地素材ブレンド」を除いてシイタケ成分の記載はない。大丈夫ですよ。もう飲めますよ。
食べる茸の話のテンションは上がらないが、生える茸になら関心が向いてしまう。私において茸は自然界の中にあってナチュラルじゃない。その異形が創作意欲を刺激して止まない。本稿タイトルの使用写真は食用の唐傘茸(カラカサタケ)。下は強毒を持つ大白唐傘茸(オオシロカラカサタケ)。大白唐傘茸は本来南方系の茸だが、地球温暖化の影響で国内の公園などでも見かけるようになった。2種は見分けがつきにくく誤食が頻発しているらしい。成長段階ごとの形もまた異なるにつき、写真の形は一例としてご覧ください。ご用心ご用心。
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