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席替え (短編小説1184字)

一、
いつもと同じ、眠い朝。昇降口で上履きに履きかえていると、近くの下駄箱の扉が開く音がした。
「おはよー」
「あ…おはよー」
藤原さんだ…
「町田おはよー」
「あ…おはよ!」
僕は我に返る。
「物理の課題もう終わった?」
「まだだよー」
なんか嬉しいけど、ため息つくふりをする。藤原さんが僕らの前を歩いている。
朝から挨拶できるなんて…今日ツイてるな。

二、
「それではみなさん、紙を引いてくださーい」
今日のロングホームルームは席替えだ。
ルーム長の言葉で、みんな前に出て席番号の書いてある紙を引き始めた。
…2列目か。授業、寝てらんないな。
「引いた人は新しい席に座ってねー」
みんなが移動し始める。
あ、たけちゃんだ。
「どこだった?」
僕が聞くと、
「一番後ろの列なんだけど、俺目悪いんだよなー…」
たけちゃんは言う。
「…あ、それじゃ」
替わってあげればいいよね、言いかけたけど…僕は自分の引いた紙と机の場所を見比べる。待って、もしかして僕の隣…
僕は2列目、でも彼女の隣?そして困っているたけちゃん…どうする?どうする自分…!
「俺…2列目だから替わっても、いいよ」
言っちゃった…
「え、ホントに?いいの?」
「うん、全然。後ろのが…居眠りばれないし」
「助かるわー!ありがとう町田」
これで…これで良かったんだ。たけちゃんが困ってたじゃないか。うん。
藤原さんの隣に、たけちゃんが座る。僕は一番後ろの席の椅子を引いた。心なしか重いような。
…やっぱりちょっと、残念だったかなー…

三、
「じゃあなー」
友達数人と駅で別れてホームに向かう。
小さい頃、弟にカードゲームのレアカードを譲ったことをぼーっと思い出していた。僕らはひとつずつ、カードが何枚か入ったパックを買ってもらった。僕はレアカードが出たけど、弟があんまり羨ましがるからキラキラのカード同士、交換してやったっけ。
ホームに電車が入る。空いていた座席に座った。
目を閉じると、少しウトウトしてしまう。
レアカードは惜しい気もしたけど、狙ってたやつじゃないし弟が嬉しそうだったから、それはそれで良かった気がした。お互い交換して遊んだりもしたな。
席も、譲って良かったんだよ。僕はそうしたかったんだもん…
半分夢の中のような頭で、そんなこと考えながら電車に揺られる。一駅、二駅…
僕の降りる駅がアナウンスされた。
目を開けた僕の前に『君の出した答えが正解』そんな文字が飛び込んできて、寝ぼけていた僕はびっくりする。
よく見たら予備校の広告だったけど、ちょっと嬉しかった。

四、
1時間目の数学眠いなあ。
「この問題、10分間とりますのでやってみてください」
あくびを押さえながら黒板の上の時計を見上げる。
視線を落とすと…彼女が見えた。
目の前が少し、スローモーションみたいになる。そして少し、パステルカラーになる。
この席も…いいな。
数学頑張ろう。
シャープペンを握り直す。
この席は、譲らないでおこう。
























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