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Photo by
masakazu
記事に使った写真が消える寂しさをどう消化させるか?
7月15日にnoteの投稿を開始。
みんなのフォトギャラリーに素敵な写真やイラストがたくさんあり、使い放題だと気がついてから、いままでに100はゆうに超える画像を使わせていただいてきた。
しかし最近、私の投稿記事の中にポツポツと画像のない記事が増えてきた。
記事に合う画像を探したり、写真やイラストからインスピレーションを得て詩を描いたり…。
私にとっては、画像も含めて「一つの作品」という意識が非常に高い。
適当に選んでくっつけた画像は一つもなく、どれも思い入れのあるものだったので、消えているのを見つけるたびに、片腕をもがれたような、胸にぽっかり穴のあいたような、なんとも言えない気分が訪れた。
仕方のないことなのはわかってる。そういうものだ。
最初から覚悟もしていたはずなのに…。
だけど、やっぱり寂しくて、新たに詩を描けなくなってしまった。
覚悟がくじけてしまった。
自分で撮った写真を使うしか、ないのかなぁ〜。
記事はいいんだ。
記事ありき、で、画像を選んでいるから。
だけど、詩は…。
画像ありきで描いている。
画像があったから生まれた作品。
画像がなければ生まれ得なかった子たち。
パパが、思い出もぜんぶ連れて蒸発してしまったみたい。
ひとりでも子育てはできるけど、父親がはじめから存在しなかったことにはならない。
せめて、思い出だけでも残してくれてたらなぁ〜。
ああ、記憶力のなさが恨めしい。
プリントアウト、しとくんだった(笑)。
ここに吐き出したことで、ちょっとは消化できたかなぁ〜(^^)
素敵な画像、また探しに行こう!
その後↓
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