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一期一会の読み

1、 私の読みを変えた「読みあい」という在り方

 私は一時期子どもと絵本を読むのが苦痛だった時がありました。「子どもを楽しませなければいけない」「いい読みをしなければいけない」「特別な読みをしなければいけない」という枷を、気づかぬうちに自分にはめていたからです。

 枷を外すキッカケをもたらしたのは、児童文学作家・絵本作家・児童教育学者である村中李衣先生との出会いです。出会いといっても、絵本専門士の先輩であるうっちー先生から勧められた村中先生の書籍を読み、一方的な片思い状態になっただけなのですが。

 村中先生が様々なところで伝えられているのは「読みあい」というものです。今もって「読みあい」とはなんなのか、理解できていません。今日まで私が経験してきた読みを頼りに説明をすると、「読み手と見る人が互いにその瞬間を生きる読み」だと思っています。

 村中先生は書籍「絵本の読みあいからみえてくるもの」(ぶどう社 2005年7月25日初版)の中で、「絵本を仲立ちとしたコミュニケーション」という言葉を書かれています。読む人と見る人に分かれた読みではなく、絵本を読むことで両者が関わりあっているということです。
 

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2、 介護老人保健施設へ出張おはなし会

 ある日のこと、介護老人保健施設に勤める友人から読み聞かせをしてほしいとお声がけを頂きました。喜び勇む私は2つ返事で「行く!!」と返事をし、詳しい話を聞くと認知症の方々への読み聞かせだということが分かりました。悩んだ末、普段保育園で読んでいる面白い絵本を30冊ほど持っていくことにしたのでした。

 現場に着くと、おじいちゃんやおばあちゃん20名近くが椅子に座っていました。今回持ってきた絵本は、乳児から幼児まで楽しめる短いけれども笑えたり仕掛けがある魅力的な絵本たちです。

 おじいちゃんやおばあちゃんに読むのは初めてだけれども、楽しんでくれるはずとそれなりに自信を持っていました。ところがです、何を読んでも反応がない。いや、今考えると反応はしていたのだと思います。その時の私はそれを見逃していた。とにかく、その時の私はあまりの反応のなさに愕然としました。

 いくら読んでも時間が経過しておらず、20分というおはなし会が途方もなく長く感じました。冷房が効いている涼しい室内にいるのに、真夏の外にいるような汗をかく。冷や汗が止まらないのです。心の中で「ヘルプミーーー!!」と叫ぶ私に、救いの手を差し伸べたのは「もういいかい」という絵本でした。

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「もういいかい」
作:中野真典
BL出版
2015年3月10日初版
¥1,300+税

3、 一緒に読んでくれたおばあちゃん 

”神社の境内で隠れんぼを楽しむ2人の女の子。
鬼の子は数字を数え上げ、10数え終わると「もういいかい」と声を出す。
隠れるはずの子はたんぽぽや蝶を見つけ、隠れるのはそっちのけで遊び始める。
さて、この隠れんぼは一体どうなるのでしょうか。”

 とても短く、シンプルな言葉しか登場しない昔懐かしい温かみが溢れる絵本です。にっちもさっちもいかない心持ちの私は、心の中で涙を流しながらこの絵本を読み始め「もういいかい」というテキストを読みました。その時です、信じられないことが起きました。

 目の前に座っているおばあちゃんが突然「まあだだよ」と読みに返事をしたのです。私はあっけにとらわれました。何が起きたのか理解できなかったのです。次の瞬間、村中先生の書籍「お年寄りと絵本を読みあう」(ぶどう社 2002年12月5日初版)に同じようなケースが書かれていることを不意に思い出しました。そして思ったのです「一緒に読んでる!?」と。

 おばあちゃんの言葉を受けた私は、ページをめくることができませんでした。「まあだだよ」というのだから、次のページにいくべきではないと感じたのです。

 この時の私には、「楽しませなきゃ」や「どうにかしなきゃ」という気持ちはありませんでした。おばあちゃんがなんて返事をするのかが楽しみで、何よりおばあちゃんと会話をしているようで心地よかったのです。そこには素の自分が、何かを包み隠すことを忘れた自分がいました。

 同じやりとりが3回続いた後に、おばあちゃんは「もういいよ」と言いました。私はページをめくり、この調子で進み「もういいかい」の読みは終わりました。

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4、 絵本を一緒に読む

 この体験が「読みあい」なのかは分かりません。ですが今まで感じたことのない楽しさを、私はおばあちゃんとの絵本をはさんだ関わりあいの中に感じました。

 この経験をしてからというもの、私は「頑張る」ことが少しバカらしくなりました。なぜなら、あの時の「もういいかい」という絵本は私とおばあちゃんがいなければ完成しない読みの場だったと感じたからです。絵本の読みは、1人で作るものではないと知ったからです。

 村中先生の書籍の中に私の好きな言葉があります。
「でも人は、そんなおせっかいまみれの愛のもたつきの中で、
たった一人の自分を確認し、
勘違いや読み違いの連続の中で、
あきらめずに他者とかかわることの意味を知るのだと思います」 
 きっと、私は絵本を通じて他者と繋がりたいのだと思います。絵本を通じた他者との繋がりは、互いなしには感じとることが出来ない心と心の響きあいだから。「私」と「あなた」がいるからこそ感じとれるものだから。

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