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第4期絵本探求ゼミ第1回講義振り返り
はじめに
「絵本探求」なんだかワクワクする響きですね。
2023年9月開講の第4期は、「絵本の翻訳は子どもの本の真髄」と「絵本の絵を読む」がテーマと聞き、これを逃してはいけない!と応募締切日を過ぎていたにもかかわらず、参加させていただくことになりました。
このゼミは、受講後に学んだことを自分の言葉で発信することが義務付けられているとのこと。第一回の講義は、80年以上前に描かれた名作『ちいさいおうち』(※1)を題材に、和訳を担当した石井桃子の視点や、子どもがどのように絵本を読むのかなどの解説がありました。講義を聞きながら思い出したのは、こちらもロングセラー作品の『はらぺこあおむし』。今回の講義から、幾つか気になっていた和訳部分について、考え方の道筋をいただいたので、振り返りは、原書『THE VERY HUNGRY CATERPILLAR』(※2)と翻訳作品『はらぺこあおむし(通常版)』(※3)の読み比べを元に記します。
1.翻訳絵本とは
翻訳とは、ある言語で表現された文章の内容を、原文に即して他の言語に移しかえること。絵本においては、元の言語を一対一で置き換えるのではなく、意訳されていることに気づく作品もあります。また、判型の変更に伴う絵や文字の移動、或いは文字の書体変更など、必ずしも著者の表現が継承されるとは限りません。
そのため翻訳絵本は、原書の枠組みを維持しながらも、リメイクされた作品と考えて良いのではないかと思います。
一方、翻訳絵本は、原書と読み比べることで、著者と訳者がどのように作品を見つめたかを気づかせてくれることもあります。翻訳絵本は、大人にとって作品をより深く味わう機会を与えてくれるとも言えるでしょう。
2.子どもの読みは大人とは違う ~「時」の認知を意識した作品制作~
講義の中では、子どもの絵本の読み方は、大人とは異なると解説がありました。
例示されたのは「時」の認知。春という季節を知る年齢と、春が繰り返し訪れることを理解する年齢とは異なるとのこと。『ちいさいおうち』では、月の満ち欠けの絵で時間を表現されていることも紹介されました。
「時」の処理については、『はらぺこあおむし』にも気になる部分があります。それは、あおむしがさなぎになる場面。原書では、「He stayed inside for more than two weeks.」とありますが、翻訳作品では「まもなく あおむしは、さなぎに なって なんにちも ねむりました。」と和訳されています。「2週間」という具体的な期間は登場しないのです。
この場面は、栄養を蓄えたあおむしが、蝶に変身するために欠かせない準備のプロセスを表現しています。おそらく訳者は、あおむしがさなぎの中でたっぷりと時間を費やしたことを「量」として伝えたいと考えたのでしょう。時間の概念がまだ理解できない年齢層にも、しっかりと準備をするための時間が必要だったことがイメージできるよう、「なん日も」と意訳したのではないかと思います。
3.子どもは耳でお話を聞く ~絵本と昔ばなしの類似点~
識字能力が未発達の子どもは、お話を読んでもらうことで絵本を楽しみます。これは、文字を持たない民族における声の文化や、口承文芸の昔ばなしに通じるものです。そのため、絵本と昔ばなしには、「行って帰る」や「ハッピーエンド」など、ストーリーに類似の特徴があります。また、聞き手の想像が膨らむよう、「オノマトペ(※4)」が要所に使われることも、耳で楽しむ作品の表現手法です。
『はらぺこあおむし』にも、「オノマトペ」を活用した和訳が幾つも登場します。「ちっちやな」「ちっぽけな」「ふとっちょ」などの促音が多く、音のリズムでお話を盛り上げる効果を出しています。
また原書では、食べても食べてもお腹が空く様子を「But he was still hungry.」と毎日繰り返しますが、翻訳作品では、「まだ、おなかはぺっこぺこ。」と、ここでもリズム感のあるオノマトペを用いています。さらに、日を追うごとに、「まだ」の部分を「やっぱり」「それでも」「まだまだ」と表現を変え、繰り返しのストーリーに臨場感を与えました。これらのフレーズは、虫食いの穴がある果物の視覚表現と合わさり、目と耳で楽しめる場面を作り出していると思います。
この場面では、文章の配置にも工夫が見られます。原書では、何曜日に何をいくつ食べたのかと、それでもお腹が空いていることの二文が同一のページに掲載されています。ところが翻訳作品では、一文ずつに分け、右ページと、(めくって)左ページの2ページにそれぞれを配置しました。絵本は、ページをめくることでお話が進む媒体です。食事をして満腹かと思わせながら、ページをめくってみると、実はまだお腹が空いていることが発覚する。絵本の特性を活用した文章の配置にすることで、読者の期待がより高まる作品に仕上がっていることが分かります。
4.直接話法と間接話法 ~効果の違いと制作における演出~
文章には、直接話法と間接話法があります。直接話法は、引用符を用いて話した言葉をそのまま伝えます。それに対して間接話法は、接続詞を用いて誰かが話した内容を話し手が自分の言葉に置き換えて伝えるものです。
直接話法は、発言者の言葉をそのまま用いるため、間接話法に比べて臨場感が出ます。また、聞き手が場面のイメージを掴みやすいため、絵本では直接話法へ置き換えるケースがあります。
『はらぺこあおむし』を見てみます。冒頭「In the light of the moon a little egg lay on a leaf.」と原書は始まりますが、和訳では、「おや、はっぱの うえに ちっちゃな たまご。」と、月が話しています。情景を説明する原書に対し、直接話法を用いた翻訳作品は親しみを感じさせ、読者は、まるでその場にいるようにお話に引き込まれ、自然に集中できるよう工夫されていることが伝わってきます。
石井桃子は、主人公になりきって絵本を楽しむ子どもたちを意識して作品づくりをしていたそうです。森比左志もまた、あおむしになったつもりで成長の過程を楽しむ子どもたちの姿を想像しながら、本書を作り上げたのではないかと感じさせる演出だと思います。
また、原書の最終画面は、「he was beautiful butterfly!」の一文で終わりますが、翻訳作品では、「「あっ ちょうちょ」あおむしが、きれいなちょうちょになりました。」と、原書にはない一文が追加されています。ここでは、蝶へと成長した達成感と、お話が終わって読者を現実の世界に返すような意図があるのではないかと思います。
5. 最後に
原書と翻訳作品を読み比べてみることで、いろいろな発見があり、絵本の楽しみ方が一つ増えました。日本人作家の英訳作品も読み比べてみたいです。
今回の振り返りでは、石井桃子について調べるところまではできなかったので、これは宿題として残し、戦後の絵本史も合わせて調べてみたいと思います。
(※1)バージニア・リー・バートン文/石井桃子訳(岩波書店1965)
(※2)Eric Carle (The World Publishing Company1969)
(※3)エリック・カール作/もりひさし訳(偕成社1976)
(※4)言葉のプリミティブな要素で、子どもでも容易に想像でき、簡潔な表現で、臨場感にあふれ、心地よいリズムを備え、繊細で微妙な描写力を備えた表現(関西外国語大学 吉村耕治)