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自分を発掘してくれる存在

夏に向けて親子で着れる服を探してみたら、グラニフで「これだ!!」というアイテムを発見。親子、それも夫婦そろっての親子コーデが買えるお店って意外と少ないが、グラニフを見つけてからはここで探すようになった。

ところで「夫婦子供3人でのお揃いシャツなんて恥ずかしいだろ」って思うでしょ?たぶん思う人が多いはず。実をいうと私もそう思うタイプ。いや、タイプだった・・という過去形が正しい。しかし今では自分からそれを見つけにいくくらい楽しんでいる。

私は人一倍人目を気にする。思春期などは親父と飯を食べに行くのも恥ずかしい(男同士なのに)という謎の思い込みがあったくらい、人前で手をつないだりとかお揃いの服を着たりとか、絶対に嫌だって性格。

それは仕事とか、友達関係でも同じで、常に「きちんとしていないといけない」という思い込みが強く、まじめと見てもらえることはあるが、しかし気を使いすぎてしんどい・・・ということも日常茶飯事。けれどもけっこう根深く染みついててこれが大人になって直るはずもなく。

とにかく外面を気にして、気を使い疲弊する日々。そんな自分を変えてくれたのは妻だった。仕事場はもちろん、友達にも、家族にも見せたことのない、自分でさえ、「こんな自分がいたのか」と驚く自分を見つけさせてくれた存在。

もともとぬいぐるみの写真を撮るいわゆる「ぬい撮り」が趣味の妻と出会ったのは4年ちょっと前。共通の趣味の人を集める婚活パーティーのようなもので出会い、グループで撮影にいくようになり、嫁実家と私の職場が徒歩数分という奇跡を経て二人で撮影にいくように。

ぬいぐるみを撮る妻との撮影は最初は恥ずかしいことの連続。ぬいぐるみのセッティングを頼まれるので、このオッサンはぬいぐるみをあーでもないこーでもないと向きを変えて何をしているのか?という目で見られていたことだろう。

姫路城を見に行ったときはそれを見た外国人観光客に「この男はなんてぬいぐるみが好きなんだ!(適当訳)」というメッセージの元インスタにさらされたことも。

それでもそれを楽しそうに撮影している妻や、そのぬいぐるみの投稿が楽しく(ふつうぬい撮りはメルヘンに撮るが、妻は基本ネタ投稿である)、次第にそれは恥ずかしいことではなくなっていった。

そんな妻と結婚し、家にはぬいぐるみが溢れ、しかしメルヘンではなくふざけたことばかり言う妻との生活。これが本当に楽しい。毎日どんなことが起きるか予想もできない。

家に帰ると何かしら面白いことが待っている。それだけでどれだけ疲れて帰っても自分をリセットできる。基本凹みやすい自分にとってはこんなありがたい存在はない。

職場の送別会で遅くなって帰った日の玄関がこれだ。なぜ猫のぬいぐるみがスリッパを履いてリュックを背負っているのか。謎だ。思わず妻を叩き起こしてこの状況を説明してもらおうとおもったが流石にそれはできない。

妻とのこんな生活のなかで、家では何も気を使うことなく自分をさらけ出せるようになった。変な顔をし、あほなことを言い、変な動きをして子供を笑わせ、妻にも「なにそれ・・?」といわれるくらい、ふざけた自分がそこにいる。

姉は妻に「ありがとう」という。暗い自分をしっているからそれを変えた妻の存在がどれだけ大切かを知ってくれている。家族LINEで送る子供をあやす動画は今まで家族に見せたことのない自分だ。

家を出ればいつもの気疲れする自分がそこにいる。だけども家に帰れば何も気を使わず、自分をさらけ出せる存在がいる。それを発掘してくれたのは妻だ。妻も、私がそういう存在だと言ってくれる。だから夫婦生活が楽しい。

さぁ、今年の夏はこの服を着て色々なところへ行ってみよう。

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