Cage. #2【現場(一)】
駅直結の大型電器店「バンザイカメラ」7Fにある書店で、アイドルのCD発売イベントが行なわれている。
万歳橋警察署の刑事だが、今日は非番。
並んでるのかいないのか微妙な位置で立っている。
遠くからパトカーのサイレンが微かに聴こえてくる。
無意識に反応する岡嶋。
そこにビニールガッパを被り、ビニール袋を提げて走ってくる大柄な男「桑名(くわな)」。
桑名「 ハァハァ……あー間に合った~すいませんここ最後尾?」
話しかけられた岡嶋、手に持っていたCDの袋をジャケットの内ポケットに隠して、顔を背ける。
岡嶋「 ! ……いえ、本官は別に」
桑名「 あれ? 岡ちゃん? 岡ちゃんでしょ?」
桑名、顔をみられまいとする岡嶋の首を両手でつかんで、強引にぐるりと前を向かせる。
岡嶋「いてててててて!」
桑名「やっぱり」
岡嶋「あ、ああー桑名さんこんにちは! 奇遇ですね」
桑名「え、何? 今日休み?」
岡嶋「そ、そうです非番です」
桑名「そっかー。で何してんの?」
岡嶋「ええ、まあその……久しぶりにちょっと買い物でもと思いまして」
桑名「こんな雨降ってんのに? ……あれあれ? 岡嶋巡査もしかして」
岡嶋「そ! それじゃあ本官はこれで失礼します!」
桑名「ちょちょちょ岡ちゃん! 待ちなって」
岡嶋「イタイイタイイタイイタイ!」
立ち去ろうとする岡嶋を引き戻して首を抱え込む桑名。
桑名「岡ちゃんもしかしてヒマ?」
岡嶋「え?」
桑名「ヒマならちょっと頼みがあるんだ。ほい!」
重そうなビニール袋を岡嶋に渡す桑名。
岡嶋「な、何ですかコレ?」
桑名「ケチャップ」
岡嶋「え?」
桑名「ガーちゃんに頼まれちゃってさー」
岡嶋「コックさんですか?キムラ洋食店の」
桑名「そーそーそー。細かいんだよねアイツ。コンビニでいいじゃんって言ったんだけど、ここの上のスーパーが業務用の特売やってて? 一人限定一個だからお前も来い!だってヒドくない? 俺客だよ?」
岡嶋「そ、それは大変ですね」
桑名「でしょ? 参ったよ……あ! ガーちゃん駅前で待ってるから急いで! ね?」
岡嶋「え? いやちょっと困りますよ桑名さん!」
桑名「なんだよー困ってんのはコッチのほうだよ。おまわりさんは市民の味方だろ? 助けてよ!」
岡嶋「く、桑名さんは何か急用でも?」
桑名「ん? コレだよコレ! アッチーナのサイン会!」
岡嶋「ああ、これ? 厚川……」
素っ気ない振りをする岡嶋。
桑名「厚川 直緒(あつかわ なお)。今日がデビューシングルの発売日でさー。いやホントは朝から並んでたんだけど、急に仕事の呼び出しかかっちゃって結局ライブ見れなかった最悪だよもー」
岡嶋「仕事? へ~珍しい。合鍵作りですか?」
桑名「いや、山猫のオーナーがまーた車インロック。ケータイ鳴ってもシカトしてたら、トミーが呼びに来てさー、無理やり連れて行かれちゃったんだよ」
岡嶋「トミー? バイク便「ジオドッグ」の里見さん? ああ、また2人で朝まで呑んでたんですね」
桑名「何でここにいんのわかったんだろ。アイツ犬だけに、変に鼻が利くから参っちゃうよ」
岡嶋「ちょっと待ってください! 朝まで呑んでたんですよね? あの2人」
桑名「あ、2人じゃなくて3人。ヌシのバァさんも一緒」
岡嶋「将棋センターの?」
桑名「うん。バァさんが将棋センターで寝るっていうから、オーナーが車で送ろうと思ったらインロックしちゃってた。ったくアレだね。バァさん的に将棋センターはマンガ喫茶感覚なんだろうね」
岡嶋 「いやいやいや待ってください。オーナーお酒呑んでたんじゃないんですか?」
桑名「え? ああ、だろうね」
岡嶋「だろうねって……それで車乗ったら立派な飲酒運転なんですけど?」
桑名「まあホラ、あの連中ザルだから」
岡嶋「そういう問題じゃなくて!」
桑名「カタいねー岡ちゃん。まるで公務員みたいだよ?」
岡嶋「警察官は公務員です!」
桑名「あ、そうか」
岡嶋「まったく……」
桑名「あー! 列進んじゃってるし! じゃあ、まそういうことで」
岡嶋「どういうことですか! ね、ちょっと!」
ビニール袋を押し付け合って揉み合う二人。そこへチャイムと共に館内放送が流れる。
館内放送「館内の皆様に緊急のお知らせを申し上げます。ただいま館内に刃物を所持した不審な人物が侵入したとの情報が入りました。皆様におかれましては、警察または係員の誘導に従い、落ち着いて避難活動にご協力下さいますようお願い申し上げます。なお、本日開催のイベントにつきましては、すべて中止とさせていただきますのでご了承下さいませ。繰り返し館内の皆様に緊急のお知らせを申し上げます。ただいま……」
桑名「え!? じゃ握手会は?」
岡嶋「中止?」
桑名「ちょっと見てくるから!」
岡嶋「ダメだ! 危険です。本官が行きますからコレ持ってて下さい」
桑名「岡ちゃん、うまいこと言って返そうとしてもダメだよ」
岡嶋「そんなんじゃないですよ!」
再び揉み合う二人。そこに警備員が近づいてくる。
桑名「あー、ちょっとちょっと警備員さん! この人がなんか怪しいモノを押し付けようとします!」
岡嶋「ちょ! 何て事言い出すんですか! あの違います本官は万歳橋署の岡嶋と言いまして、うわっ!」
二人の間に体当りするように割って入る警備員。
岡嶋「待って下さい! いきなり何を……あれ?」
岡嶋、腹に手を当てて掌をみると、真っ赤に染まっている。
桑名「岡ちゃん!」
岡嶋「何これ?」
振り向いた警備員、手にはナイフを握っている。
ふらつく岡嶋。
警備員が再び岡嶋に近寄ろうとするところに桑名、背後から体当りをして警備員をふっとばす。
岡嶋、腰が抜けたように座り込む。駆け寄る桑名。
桑名「岡ちゃんしっかり!」
吹っ飛んだ警備員、ゆっくり立ち上がりまた近づいてくる。
岡嶋を庇うように立ちふさがる桑名。
そこにフロアの向こうから怒鳴り声が聞こえてくる。
ガルー「クーワーナー!」
走ってきたのはコック服をだらしなく羽織った男、ガルー。
飛びつきざまに一吠えし桑名に殴りかかるが、桑名はそれを避け、代わりに警備員が殴り飛ばされる。
意に介することなく桑名に詰め寄るガルー。
ガルー「クワナ! てめーいつまで待たせんだよ!」
桑名「ガーちゃん! 後ろ!」
ガルーの背後から首を絞める警備員。
それをじわりと外し、片腕をねじり上げるガルー。
ガルー「なんだお前トチ狂いやがって。キツネが狼に勝てると思ってんのか?」
ガルー、警備員の腕をつかんだまま投げ飛ばす。一回転して背中から落ちる警備員。
桑名「岡ちゃん! しっかり!」
ガルー、岡嶋に近づき、腹に付いた赤い液体を指で取って匂いを嗅ぎ、なめる。近くに落ちている袋からケチャップの容器を取り出す。
ガルー「おい桑名! これトマトケチャップじゃねえか?」
桑名「え? そうだけど?」
ガルー「バカ! トマトピューレ買って来いっつったろ?」
桑名「なにそれ? ケチャップと違うの?」
ガルー「ちがーう! しかもこりゃカゴメだろうが。ハインツのだっつってんのに!」
警備員「かごめ……」
起き上がる警備員。
桑名「ガーちゃんあれ、もしかして今朝オーナーが言ってた……」
ガルー「ああ、そうみたいだな」
警備員「かごめ、どこだ?」
ガルー「なんだお前? ケチャップが欲しいなら地下一階のスーパーに行きな。あぁ、そいつで良けりゃやるよ。クワナ、行くぞ」
桑名「えぇ?! この状況放ったらかし?」
警備員、振り返って歩き去る。
ガルー、携帯を取り出し電話をかけ始める。
ガルー「担当はマツバラとサトミだ。俺たちは関係ない。んな事よりトマトピューレ売り切れたらどうすんだよ」
桑名「でも」
ガルー「早く来い!」
ガルー、桑名の耳を引っ張って立たせ、連れて行く。
桑名「イタタタ! 待ってガーちゃん! ちょ……岡ちゃんがホラ、ねぇ!」
ガルー「おーマツバラ、お前の獲物見つけたぞ。バンザイカメラの上の本屋があるとこだ……やだね俺は忙しいんだ」
二人去る。
座り込んだままポカーンと見送る岡嶋。はっと我に帰って振り返ると警備員はもういない。
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