Cage.#12【かごめ】
千駄ヶ谷将棋会館。
ロビーに続く廊下。
上山が携帯で電話をしている。
話している最中にヌシが前を横切る。
上山「……そうか、誰もわからないんじゃしょうがない。一旦こっちに戻れ。新宿なら一〇分か十五分くらいだろ? …仕方ないだろう。そこで店が開く時間まで待つつもりか? …将棋会館の一階ロビーだ。関係者には一通りあたったが、菊田にもう少し訊きたい事があってな。今、出待ち中だ……。ああ」
電話を切る上山。ため息をついて天井を見上げる。
ヌシ戻ってくる。
ヌシ「おい」
上山「ん?」
ヌシ「菊田という男を待っておるのか?」
上山「あ、ああ」
ヌシ、上山の眼を視る。
ヌシ「ほう、それが菊田か……。何じゃ目的は同じか」
上山「は?」
ヌシ、廊下の奥に視線を向ける。
ヌシ「役員と面談中? ふむ、ならば共に待たせてもらうとしよう」
上山の隣に並んでしゃがみ込むヌシ。
上山「あー、お嬢さん誰? 菊田の連れ?上山 あー、お嬢さん誰? 菊田の連れ?」
ヌシ「ちんちくりんではないわ!」
上山「言ってないし! 思ったけど。ん? ……あー、いやその、菊田の知り合いかって」
ぷいと横を向くヌシ。
上山「なんだ?」
ヌシ「警察は好かん」
上山「……」
上山、タバコを吸おうと上着のポケットをまさぐる。
ヌシ「おい小僧、マルボロメンソールを探しておるのなら上着のポケットにはないぞ。ズボンの後ろポケットに入っておる」
上山「へ?」
上山、ズボンのポケットを調べるとタバコが入っている。
ヌシ「お前の次のセリフは『何でタバコの事わかったんだこの野郎!」という」
上山「何でだよ言わないよそこまで指定されても」
ヌシ「ふん、これだから警察は好かん」
上山「しかし何でわかった? 銘柄まで——」
ヌシ「ほれ、来たぞ」
ヌシが指を指した方向から菊田が現れる。
上山「菊田さん」
菊田「どっ! ……(小声で)どうしてここにいるんですか!?」
上山「ああ、菊田さん以外にも話を伺いたい人がこちらにいたもんですから結局ね」
菊田「そうですか。私は関係ありませんね、それじゃ」
上山「いやいやいや、また気になる事実が出てきましてですね、菊田さんにも二、三伺いたいなと」
菊田「気になる事実? 何ですか?」
上山「気になります?」
菊田「いや気になると言ったのはあなたじゃ——」
上山「今朝お会いした神社の敷地内に、将棋堂っていうのがありますよね。棋士の方々もよくお参りに行かれるとか」
菊田「ええ、確かに対局前などは必ず願掛けに行きます。菊田 ええ、確かに対局前などは必ず願掛けに行きます」
上山「そことは離れたところにお稲荷さんを祀った場所があるのご存じですか? 赤い鳥居の連なった」
菊田「ああ、見かけたことはありますが入ったことはありません。それが何か?」
ヌシ「嘘じゃな」
菊田「え?」
ヌシ「絵馬を割ったところで呪いにはならぬ。ただの嫌がらせじゃ」
菊田「なんだあんた?」
ヌシ「八百長などと棋士に有るまじき行為、相澤が受ける筈も無かろう」
菊田「な、何を?」
ヌシ「断られた腹癒せで狼藉を働いたか。この痴れ者が!」
菊田「ひっ!」
菊田の顔が驚きと恐怖で歪む。
割り込む上山。
上山「おい、邪魔するなあっち行ってろ」
ヌシ「ふん、手間を省いてやったのだ。警察の遣り方はいつも間怠っこしい」
上山「なんだと?」
ヌシ「貴様の用事は済んだであろう? 儂が識りたいのは此奴に取り憑いた後、右筒が何をしたかよ」
上山「ウドウ? とりつく? 一体何の話だ」
菊田、振り向いて逃げ出す。
ヌシ「おい」
上山「あっ! 待て菊田!」
ヌシ「やれやれ……。小僧、逃がすでないぞ」
上山「誰が小僧だ!」
ヌシ「ほれ、早う追わぬか」
上山、菊田を追って駆け出す。
ヌシ歩いて続こうとする。
玄関の方から立花が息を切らし転びそうになりながら走ってくる。
立花「ぬしさま! ……ぬしさま!」
ヌシ「応、どうした? 慌てて」
立花「あいつが! ……キッカが暴走して! それで亀を」
ヌシ「落ち着け、思考が縺(もつ)れて読み辛いではないか」
立花「……亀の体を山猫軒に運んだんだ。そしたら鶴も! 畜生何でこんな事に」
ヌシ「確(しっか)りしろ左丸!」
ヌシ、立花の顔を両手で挟んで固定し覗き込む。
ヌシ「……亀、無茶しおって。鶴は? ……ふむ、診てみない事には何とも言えん」
立花「ぬしさま頼む! あいつらを助けてやってくれ!」
ヌシ「わかった、急ごう。橘香は?」
立花「右筒を探すと。あいつ右筒も潰す気だ! 右筒は今、実体を持たず、どっかの人間に憑依しているはず。その状態で潰されたら即座に永久消滅してしまう」
ヌシ「そうか……。左丸、儂が戻るまでこの先にいる菊田と言う人間を留めておけ。今、警察の者が追っている」
立花「菊田?」
ヌシ「塚を壊し、右筒の封印を解いた男よ。警察に連れて行かれるでないぞ!」
立花、頷いて奥へと駆け出す。
ヌシ、外へと歩みを進めようとして止まる。
ヌシ「待てよ……、鶴と、亀? そうか右筒の狙いは『かごめ』か! ……しもうた!」
ヌシ、早足で出る。
転換
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