§2 雨に煙る記憶
「あれは・・・魔銀燈? 旧セカイに魔力の発現が?」
セカイの外れで境界警備の任に就いている、
人工魔法少女(マーギアー)見習い、シスカ。
見張り塔の上でぼんやり夕暮れを眺めていて、
ふとその灯りが眼に入ったのだった。
「そういえばどこかの施設で、歌姫が一人行方不明になったって・・・」
はっと我に返ったように頭を振るシスカ。
眼には好奇の文字が浮かびそうなほど光が充ち満ちている。
「これは”拡視(ファーカスト)”で確認すべきね。よーし!」
「何をしている?」
「ひゃああ!?」
突然背後から声を掛けられて飛び上がるシスカ。
振り向くとそこには、長身のいかにも教官然とした風体の女性が
腕組みをして背の低いシスカを見下ろしていた。
「これはこれはニコル教官殿、ご機嫌麗しゅう」
「麗しくなどない。私はこの雨というやつが大嫌いなのだ。
それよりさっさと質問に答えろ。今何をしようとした?」
「はい、あれをご覧ください教官殿・・・ってあれ?」
シスカが振り向いて指を差した先にあの灯りはなく、
一面の宵闇が広がっているのみであった。
「おっかしーな、さっきまであそこに——ひぎゃいっ!」
教官の拳槌で脳天を打ちつけられ、潰れた蛙の様な声をあげるシスカ。
「またぞろ適当な理由をつけて、魔法を使おうとしていたのだろう?
まったく何度言えばわかるのか・・・
その歩哨装備は、簡易型とはいえ歴とした魔法具だ。
見習いの貴様らがおいそれと気軽に発動させてよい代物ではない」
「で、でも教官殿」
「言い訳無用! さっさと自室に戻れ。交代の時間だ」
「はっ! しかし交代要員のフラウがまだ——」
「フラウは体調不良だ。」
「またか・・・大丈夫かな?」
心配そうに小さな眉根を寄せるシスカ。
「同室の貴様が看病してやれ。歩哨には私が立つ」
「え? 教官殿が?」
「早く行け! 三度目はないぞ」
「は、はいー!」
転げるように駆けて行くシスカの後ろ姿を見ながら、
人工魔法少女騎士団(アルマギア)教官のニコルは、深いため息をついた。
息は薄靄のように白く立ち上り、すぐさま闇へ溶けた。
日が沈み、冷え込みも一層厳しくなっている。
「あの日もこんな雨の夜だったな」
ニコルは降り続く氷雨越しの闇に、遠い日の記憶を投影しているようだった。
「アリア・・・姉さん」
殆ど唇の動きだけで呟いた後、ニコルは目を閉じて息を大きく吸い込んだ。
決して消し去る事のできない苦い過去を、
無意識の奥底へと圧し沈めるように。
「雨は、嫌いだ」
ニコルは細く息を吐き出した後、小さく独り言ちながらコートの襟を立てた。
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