Cage. #15【エピローグ】
万歳橋警察署内休憩室。
トランプに興じる岡嶋と小堺。
岡嶋、そわそわしている。
岡嶋「いや、もういいですってかんべんしてくださいよ小堺課長! 本官はこれから重要なパトロール任務が——」
小堺「何言ってんだ、どうせアイドルのサイン会だろうが」
岡嶋「え? なぜそれを……いや、でも重要なんですって! 結構不審な人物も多いんですよ!」
小堺「いちいちうるせー野郎だなー。いいから早く答えろって。話が全く進みゃしねぇ」
岡嶋「(溜息)……えーと、黙ってれば、良くて2年悪くて15年。供述すれば、良くて1年悪くて10年。じゃあ喋っちゃったほうが得じゃないですか?」
小堺「その通り。簡単な比較の問題だ。しかし大輔、相手の出方について考慮はしたかー?」
岡嶋「相手の出方?」
小堺「別室のキッカがどういう選択をするか。お前それを計算に入れてないだろ?」
岡嶋「あ! そうか、相澤さんか! なら大丈夫だ。喋りません!」
小堺「はあ?」
岡嶋「本官は喋らないので相澤さんも喋りません。よって仲良く2年ずつの懲役です」
小堺「なんでキッカが喋らないってわかる?」
岡嶋「いやあ本官がわかる訳じゃなく相澤さんがわかるからです。あの人の勘の良さ知らないんですか?」
小堺「知ってるよ。そうじゃなくて、もしお前が喋らないってわかってるならあいつは自分の刑期を1年にするために喋っちまうかも知れないぞ?」
岡嶋「そんな事しませんよ相澤さんは。まあでもあの人になら別にされてもいいかなって思います」
小堺「……は~もういいや。お前と話してると何だか調子が狂うわ」
橘香やってくる。
橘香「岡嶋くん、また師匠と遊んでんの?」
岡嶋「あ、相澤さん! これは違うんです。小堺課長と犯罪心理学についての熱い議論を——」
小堺「課長と呼べ! お前が最近ツレないからな」
岡嶋「では本官は行って参ります!」
橘香「なに? またサイン会?」
岡嶋「ち、違います。あの、要注意エリアのパトロールにですね」
橘香「ああ、今日は握手会か」
岡嶋「い、行ってきまーす!」
逃げるように去る岡嶋。
上着を脱いで椅子にかけ、拳銃のホルスターを外して机に置き、座る橘香。
橘香「アレさえ無きゃまともな刑事になれんのに」
小堺「マトモな刑事ねぇ、うちにゃいないタイプだな」
橘香「ええ~? あたしすごいまともですけど?」
小堺「マトモな刑事は出世話を蹴ったりしねえよ」
橘香「え?」
小堺「聞いたぞ。本社行きの話、断ったんだって?」
橘香「ああ、あれは本庁とかそんないい話じゃないですって! UHFだかUWFだか言う、聞いたこともない警備会社です」
小堺「そうなのか?」
橘香「そうですよー。危うくこの年で強制天下りさせられるとこでした」
小堺「ふ~ん。まーいいや。あ、あとアレだ。マトモな刑事はそんな宝石のついた指輪はしないぞ」
橘香「やっぱ目立ちますか?」
小堺「まあな。それ、翡翠か?」
橘香「さあ? なんなんでしょうねえ?」
小堺「知らないで着けてるのか?」
橘香「形見なんで」
小堺「おっ……そう、か。すまん」
橘香「いえ」
小堺「どれ見せてみろ」
橘香「師匠、詳しいんですか?」
小堺「課長だ。昔、横浜にいた頃、情報屋で古物商の男がいてな。そいつに基本の石と見方は教わった」
橘香「へぇ! すごい……」
小堺、橘香から指輪を受け取って、眼を近づけたり明かりに透かしたりしながら見る。
小堺「あー、こりゃキツネ石……だな」
橘香「え?」
小堺「ああ、翡翠と間違えやすい石たちの総称だ。こいつはおそらく緑閃石、アクチノライトだっけか。宝石じゃないがいわゆるパワーストーンてやつだ。たしか悪霊や災難から身を守る力があると——おいキッカ! どうした?」
橘香、顔を両手で覆っている。
橘香「キツネ石……」
小堺「あー……すまん。言わない方が良かったな」
橘香「いえ! すいません嬉しくなっちゃってつい」
小堺「え? 嬉しく?」
橘香「ありがとうございます師匠!」
橘香、小堺から指輪を受け取り、小堺の手を握る。
小堺「ど、どういたしまして。課長です」
橘香、指輪をはめ、嬉しそうにかざす。
上山、歩いてくる。気の抜けた敬礼で小堺と挨拶を交わす。
上山「なんだ相澤、やけに乙女チックだな今日は」
橘香、慌てて手をおろす。
橘香「別にいいじゃないですか。もう当直終わって非番なんだから……ってまさか?」
上山「お花畑から呼び戻して悪いが準備しろ、臨場だ」
橘香「ええーーーーー!?」
小堺「マトモな刑事は——」
橘香「わーかりましたよ! 行きますから。現場は?」
上山「ああ……」
橘香、上着をとって羽織る。
橘香「人数は?」
上山「……」
橘香「上山さーん、ちゃんとコミュニケーション取りましょうよー」
上山「え? だってツーツーだろ?」
橘香、小堺に聞こえないように背中を向けて上山に寄って話す。
橘香「いくら伝わるからって言ってもちょっと横着しすぎですよ」
上山「いいじゃん話早いし、往年の名コンビみたいでかっこいいぞ?」
橘香「限度ってモンがあるでしょうが! 潰しますよ?」
上山、手帳を取り出す。
上山「こえーな、わかったよ。えーと現場は清水坂下交差点付近、犯行の種類は傷害。被害者は近所に住む主婦、突然老婆に砂を投げつけられ、砂が目に入ったとの通報。時間は約30分前。以上」
上山、手帳を閉じる。
橘香「上山さん…それって?」
上山「うん、お前の領分だろ? 頼んだ!」
橘香「違います!」
上山「一応あの連中にも連絡しといたから」
手帳から松原の名刺を出して見せる。
上山「とりあえず通報受けたんだから誰か行かなきゃしょうがないだろう。お前顔だけ出してくれ。連中に引き継いだらそのままあがっていいから。宜しくなー」
戻っていく上山。
橘香「ちょっと上山さん! ……もう!
橘香、ため息をついて指輪を見つめる。
橘香「しょうがない行くか! よろしく咲ちゃん。師匠それじゃ!」
橘香、駆け出す。
その背中に声を掛ける小堺。
小堺「おう、気をつけろよキッカ! さて、と……」
小堺、立ち上がって伸びをする。
小堺、振り返って、橘香が机の上に置き忘れたホルスターに気づく。
小堺「あのバカ!」
小堺、ホルスターを掴むと、橘香のあとを追いかけて走り去る。
FIN.
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