Cage. #8【鳩森神社】

千駄ヶ谷の将棋会館前、鳩森神社境内。
子どもたちが「かごめかごめ」を歌う声。
上山が歩いてくるその後ろに、菊田とそれを追い立てるように岡嶋が付いて来る。
菊田、なぜか必要以上にビクビクして、これ以上は進めないといった様子で立ち止まる。

菊田「もうこの辺でいいでしょう。手短にお願いしますよ」

上山「…なかなか風情のある神社だな」

岡嶋「まあ、一応文化財指定の富士塚とか、区の保存林とかがあって手入れされてるせいでしょうね」

上山「ふーん、詳しいな」

岡嶋「元、寺社仏閣マニアでして」

菊田「早くして下さい。もうすぐ対局時間なんです!」

上山「あれ? 相手が来れないから不戦勝じゃないんですかね?」

菊田「不戦勝でも対局場にいなくちゃ自分も失格になるんですよ!」

上山「そうですか。いや別に我々だってここじゃなく将棋会館の方へお伺いしてお話訊いてもいいんですがね。それだと菊田さんがお困りじゃないかと思ってわざわざ気を回したんですよ」

岡嶋「完っ全にサラ金取り立て屋の前口上ですよねぇそれ」

上山「じゃあこれから対局場まで同伴で参りましょうか?」

菊田「いや、それは困ります」

上山「そうですか。すいません、ではここでお伺いしましょう」

菊田「5分だけ。いいですね?」

上山「まあそれは菊田さん次第という事で」

岡嶋「悪っるぅ!」

上山「大輔、お前いちいちうるさい」

岡嶋「あっれ!? すいませーん!」

わざとらしく小さくなる岡嶋。

上山「お伺いしたいことってのは他でもない、菊田さんがこれから対戦するはずだった、相澤一陽九段についてなんですが…ていうか予想はしてましたよね?」

菊田「ええまあそうじゃないかと。その他に何かあるんですか?」

上山「いえ、その事オンリーなんですけどね」

菊田「一昨日、相澤さんと鵠沼さんの対局を将棋会館の中継モニターで見た後、相澤さんの昔の棋譜をコピーして帰りました。帰りに行きつけの居酒屋で呑み過ぎて眠ってしまい、そのまま朝までそこにいました。歌舞伎町ゴールデン街の「一歩(いちふ)」です」

上山「…菊田さん、私まだ何も訊いてないんですが」

菊田「知りたいのはそういうことじゃないんですか? 自殺の動機を探るなら私じゃなくて、同門の鵠沼八段とか、弟子の間宮女流三段とか、もっと親しい人にあたるはずでしょう。私のところに来たのは自殺じゃない可能性を調べているから。相澤さんが死んで得をする人間。そのリストに私が入っている。違いますか?」

上山「なるほど。さすがは将棋のプロ、先を読んでらっしゃる。おかげで話が早くて助かります」

上山、手帳を取り出しながら岡嶋の方を見る。
既に手帳を開いてメモを取っている岡嶋。

菊田「じゃあもう行っていいですか?」

上山「もう少しだけお願いします。えー、菊田さんは相澤さんと親しくはなかったんですか?」

菊田「全く…あ! いや特別仲が良くも悪くもないという意味です。あの人はA級リーグの常連、私はリーグから陥落し、プロ棋士の資格を失う寸前…直接の対局も次でやっと三回目だし、同門という訳でもないので、ほとんど接点がないんです」

上山「うんうん、なるほど。では逆に仲が悪いとか恨みを持っているというような人はいませんかね?」

菊田「知りません。相澤さん自体温厚な人だから、表立ってそういう感じの人はいなかったと思いますが、勝負の世界ですから心の中の事はわかりません」

上山「なるほど…誰が恨みを持っていてもおかしくないと?」

菊田「いえ別にそこまでは」

上山「…そうだ、別件ですが一昨日の夜、将棋会館の警備員が現場からいなくなったのはご存知ですよね?」

菊田「ええ、次の日秋葉原で通り魔事件を起こしたとか」

上山「そうです。名前がえーと——」

岡嶋「水野洋30歳、ゼンタイ警備保障からの派遣、将棋会館の夜間警備、勤務開始は今年1月からです」

菊田「私は知りません。会ったことがないので、特に話せるようなものは…」

上山「そうですか。わかりました」

菊田「もういいですか? 本当に時間がないので」

上山「ああ、最後にひとつだけ! 今日不戦勝になればあと何勝でその、将棋の一軍入りみたいな事になるんですか?」

菊田「これでフリークラス過去30局の勝率が6割5分ちょうど、来期からC級2組リーグに復帰になると思います」

上山「そうですか、それはどうもおめでとうございます。今後も頑張って下さい」

菊田「ありがとうございます。それじゃ」

菊田、躓きながら逃げるように去る。見送る二人。

岡嶋「明らかに挙動不審ですね…上山さん、行かせちゃっていいんですか?」

上山「ん、今のところ決定的なものは何もないからな。確かに挙動不審だったが喋る内容に怪しいところはなかった…お前どう思う?」

岡嶋「かなりビビッてるように見えましたね。あの様子じゃ誰が見ても怪しい。何か隠してるんじゃないかと思ってしまいます」

上山「だろうな」

岡嶋「どうします? 菊田、追い込みますか?」

上山「うん…俺は将棋会館に行ってみる。お前は歌舞伎町だ。菊田のアリバイ、裏を取れ」

岡嶋「了解です」

岡島、手帳をしまいながら去る。
上山、去りかけるが何かに思い当たったように足を止め、振り返る。

上山「ここに、何かあるのか?」

上山、引き返して辺りを見回す。

上山「取り調べする俺たちじゃなくてこの場所から離れたかった、そういう風にも考えられる…」

上山、鳥居の奥に進む。

*以下パワーマイム的一人芝居。アレンジ自由。

上山「人気のない小さな社(やしろ)。人ひとりがちょうどくぐれるサイズの真っ赤な鳥居が十個以上ずらーっと並んでいてそれがまるで異世界へのトンネルのようにも見える…。しんとした空気が厳粛な雰囲気を醸し出し、世俗にまみれた刑事の心が、冷水で洗い清められるかのような感覚つまり…ぶっちゃけちょっと怖い! うわっ!」

横からガサガサっと草を分ける物音がする。
ビクっとして固まる上山。
猫の鳴き声。

上山「…大人でも怖いもんは怖い! (猫を追い払う)鳥居をくぐって社に近づくと両側にはお稲荷さん、古ぼけた石の狐。しかし片方は倒れている。そして社の小さな賽銭箱が粉々に破壊され、辺りに散らばる数十枚の硬貨。なんて事だ…全て一円玉じゃないか。いやそうじゃなくて、一体何が…中身の少なさに逆ギレした賽銭泥棒か? 全く罰当たりな…」

嘆かわしいといった感じに天を仰ぐ上山。
あたりを見回すと急にしゃがんで一円玉を拾い集めだす。

上山「一円を笑うものは一円に笑われるって言うしな。経済対策のためにもね、お金は社会に回していかないと。落ちてる金は死んだ金、飛ばねえ豚はただの豚、倒れた狐は…」

上山、土台が崩れて倒れた狐の石像を発見。

上山「あー、あとで社務所に言っとくから。もうちょっと我慢して。俺はホラ、腰がアレなもんで、どうもね…ん?」

上山、倒れた狐の陰から割れた絵馬を見つけて拾い上げる。

上山「馬の絵が書かれた木の板、真っ二つに割れているが合わせると横長の五角形これは…絵馬か。なんでこんなところに? …おお!?」

絵馬に書かれた名前を見て少し驚く上山。

上山「相澤一陽…」

転換

§

Cage. #9【追っ手へ続く

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