Cage. #5【張り込み】
橘香のアパートの前。
駐車した車の運転席で、数枚綴じられた資料を見ている上山。
コンビニ袋を提げて現れ、助手席のドアを開けて滑り込む岡嶋。
傘を持たずに行ったらしく、頭や腕を振るって水滴を撒き散らす。
岡嶋「いやー参った!」
上山「冷てーよバカ!」
岡嶋「あ、すいません」
上山「なんで傘持ってかないんだお前は」
岡嶋「いやすぐそこだしコンビニ… はいBOSS!」
岡嶋、コンビニ袋から缶コーヒーを2つ取り出して1つ上山に渡す。
上山受け取って缶で手を温めながら、橘香のアパートを見上げる。
岡嶋、缶コーヒーを開けて飲む。
岡嶋「結構いいとこ住んでますよね相澤さん。あ、同居人がいるって言ってましたっけ?」
上山「ああ、水商売らしいが金回りは良さそうだな」
岡嶋「会ったことあります?」
上山「いや」
岡嶋「女ですよね?」
上山「ああ、多分な」
岡嶋「え? 多分ってどういう事ですか?」
上山、缶コーヒーを開けて飲む。
上山「…おそらくって事だ」
岡嶋「いや、言葉の意味じゃないですよ! 確実に女だという情報はないんですか?」
上山「呑み屋でママやってるって話は聞いた。美咲とかいうベタな名前だ。源氏名かも知れんがな」
岡嶋「じ、じゃあ大丈夫か」
上山「なにが大丈夫なんだ?」
岡嶋「いえいえ、しかし何なんでしょうね? そのメン・イン・ブラックみたいな奴らは」
上山「知らねえよ。考えるだけ無駄だ。とっ捕まえて聞いた方が早い。今晩にでも現れてくれりゃ楽なんだが」
岡嶋「この雨の中で捕物ってのはあんまり嬉しくないんですけど」
上山「黙れ。そんな事より原宿署から引っ張った参考人のネタ、今のうちに洗い直してどいつからあたるか決めなきゃならん。お前が取ったメモ順番に読み上げろ」
岡嶋「あ、はい」
岡嶋、缶コーヒーを飲み干して袋に入れ、手帳を取り出してメモしたページをめくる。
岡嶋「えー、詳しい検死の結果はまだですが、いまのところ他殺の線を想定して原宿署で挙げた参考人候補は3名、全員プロの棋士です。鵠沼宗次(くげぬまそうじ)41歳、ガイシャの最期の対戦相手でした。結果は鵠沼の負けだったんですが、ガイシャの死によって順位が繰り上がるかも知れないそうです。次、間宮溢(まみやみつる)28歳、女流棋士といって枠が少し違うそうですが詳しいことはわかりません。ガイシャとは師弟関係でしたが、交際していたという噂もあります。最後はガイシャの次の対戦相手だった、菊田桂(きくたかつら)25歳、現在はフリークラスという、まあ野球でいうところのファームみたいなところにいて、ガイシャとの対局はそこから一軍リーグ的なところに昇格するために大事な一番だったと言うことです。以上」
上山「…うーん」
岡嶋「どうしました?」
上山「なんていうか、真っ当だな」
岡嶋「は?」
上山「候補の絞り方が真っ当過ぎる気がする… 将棋指しってのは頭がいいはずだよな」
岡嶋「まあ、そうでしょうね。普通の人間よりは」
上山「自分が真っ先に疑われるような状況で殺しなんかやるかね?」
岡嶋「そりゃそうですけど計画的じゃなく突発的犯行とか事故なら頭の善し悪しは関係ないでしょ」
上山「まあそうだな。しかし計画的だとしたら厄介だ。頭脳戦のプロを相手にすることになる」
岡嶋「でももしそうなら勝ち目ないんじゃないですか?」
上山「別に推理合戦するつもりはない。いつもと同じ、地道に証拠を積み上げていく。それだけのことだ。ただその証拠が擬装やミスリードではないことを慎重に見極める必要がある」
岡嶋「確かに厄介ですね」
上山「一応、その3人がいなくなって得をするのが誰なのかぐらいは並行して当たるぞ。ガイシャと警備員との接点は何かあったか?」
岡嶋「いえ、原宿署ではそれについては何も掴んでないようです」
上山「まずは基本からってわけか。裏をかかれなけりゃいいが… よし! ウチも地味な戦略からだ。突発的犯行か事故って線で行けばあいつか、ガイシャの次の相手だった…」
岡嶋「菊田ですね。菊田桂」
上山「明日の午前中に捕まえるぞ。それまではこっちだ」
上山、橘香のアパートを見上げる。
上山「交代で寝よう。90分な。じゃお先に。サボるなよ」
岡嶋「…相澤さん、大丈夫ですかね?」
上山「…さあな」
岡嶋「でもびっくりしましたよ。普段は所轄の境界線で起きた事件を、もれなくとなりの所轄に押し付けようとする上山さんが、管轄外の事件に首突っ込むなんて」
上山「俺の意志じゃない。署長の命令だ。それに…」
岡嶋「それに?」
上山「普段、中でいくらいがみあっていようと、現場で手柄を奪い合っていようと、ひとたび身内が危険にさらされた時は全力で守る。それが警察だ」
岡嶋「…………」
上山「それが刑事だ」
雨音が激しくなり暗転。
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