Cage. #0【プロローグ】

夕暮時。
将棋会館の向いにある鳩森神社境内。
石段に座っている一人の青年。
彼はプロ棋士「菊田 桂(きくた かつら)」四段。

うつむき加減の表情には憔悴の色がにじむ。
少し遠くから子どもたちが「かごめかごめ」を歌う声が聞こえる。

そこに男が一人、静かに現れる。
「相澤 一陽(あいざわ かずはる)」同じくプロ棋士で段位は九段。
相澤に気づき立ち上がる菊田。

菊田「相澤さん」

相澤「菊田くん。どうしてここに?」

菊田「相澤さんが来るのを…」

相澤「私が将棋堂だけじゃなくお稲荷さんの方にもお詣りに来ると知ってたんですか?」

菊田「ええ、以前師匠から聞いたことがあって」

何事かを言い出しあぐねている様子の菊田。
相澤、小銭をお賽銭箱に入れ、お稲荷さんに向かって二礼二拍。
沈黙の間を埋めるように「かごめかごめ」がうっすら聞こえる。
合掌を解き、一礼をする相澤。

相澤「まだ・・・やってるんですね」

菊田「え?」

相澤「あの歌・・・いや、あの遊び」

菊田「あ、ああ」

相澤「籠の中の鳥はいついつ出やる・・・あと1勝ですか。頑張ってますね」

菊田「え? あ、はい」

相澤「フリークラスからの復帰は難しいとはいえ前例がないわけではありません。菊田くんの棋力なら十分可能だと私は思いますよ」

菊田「あ、ありがとうございます。あの!」

相澤「お互い、いい将棋を指しましょう」

立ち去ろうとする相澤。

菊田「相澤さん待って下さい!」

立ち止まる相澤。

菊田「今回はトーナメント戦です。負ければ次のチャンスは最短でも8ヶ月後になってしまいます」

相澤「フリークラス、今何年目ですか?」

菊田「ちょうど5年目です」

相澤「じゃあまだあと半分もある。しっかり研究なさい」

来た時同様、静かに去る相澤。
後ろ姿を呆然と見送り、しばらく立ち尽くす菊田。
やがて小さな唸り声を上げながら頭を抱え込む。

暗転開始

唸り声が徐々に大きくなり、賽銭箱に拳を叩きつける。

全暗転

菊田の咆哮に重なり、木箱と積み上げた岩場の破壊される音。
半拍おいて、空気を裂くような雷鳴と同時に疾った稲光に一瞬照らし出される、菊田ともう一つ、獣のような影。

再び全暗転の後、一拍おいて地鳴りのような雷鳴が轟く。

激しい雨音。

全暗転

§

Cage. #1【事件】へ続く

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