ある精神科医のメモ
※本テキストは、2019.11.27〜12.1で上演された、聖地ポーカーズ「eleven2019」をご覧になった方向けの追加コンテンツとなります。
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2019.10.26
大学の後輩で国立精神医療センター常勤医師の三条から、ある患者の精神鑑定のセカンドオピニオンを依頼される。
三条は該当の患者をICD-10 F20.0、つまり妄想型統合失調症と診断したらしいが、確証が持てないとの事。
明日は学会のシンポジウムに出席しなくてはならないので、明後日の午後にセンターへ顔を出すと約束。
2019.10.28
センターで三条からカルテと報告書の下書きを渡されるが、予断を持ちたくないので先に患者と会わせてもらう。
患者は昨夜少し暴れたらしく、拘束衣を着けた状態での面会となったが、話した時は非常に落ち着いていた。
私のことを身内の誰かと錯覚しているらしく、親しげにいろいろなことを話すが、内容はやはり解体が酷く、妄想型の典型的特徴を示す。
あちこち飛躍する話を聞くだけで、面会時間が終了。
その後、カルテと報告書に目を通すが、三条の診断に不整合な点はないと思われた。
久しぶりに二人で食事。学生時代は微妙な関係のまま卒業したが、今となっては甘酸っぱい思い出だという相互認識が確認できたため、昔話で大いに盛り上がり、思いのほかアルコールがすすむ。
まだ頭がはっきりしているうちに席を立ち、次回の診断日を決め、三条と別れる。
おそらく次でセカンドオピニオンの結果は出せるだろう。
2019.11.3
二回目の診断のためセンターを訪れる。三条が急用で不在だったため患者の担当職員に案内される。
診断に臨んだところ、言動や反応に前回との変化は見受けられず。
やはり私の事を、幼い頃に亡くなった彼の姉と誤認しているらしい。
前回話した内容について言及する事もあったが、やはり解体が激しい。
面会後、古株の職員で顔見知りの掛井さんと廊下でばったり会い、彼からその患者についての興味深い話を聞く。
最初の面会の後、患者がレクリエーションルームにある模型製作用のマッチ棒(安全のため火薬部分は削ってある) で模型を作り始め、六日分の自由時間を全て使って、精巧な東京スカイウッドの模型を完成させたという。 一見、アスペルガー症候群の一種とも取れる特徴的な行動だ。
掛井さんと別れてセンターを出たが、そういえばセンターからは東京スカイウッドがよく見えた。
帰宅後、三条から電話が入り、診断内容について話す。
模型の事は三条も気にしていたが、以前にも東京タワーを作った事があるらしく、三条の鑑定にはその辺りも織込み済みだそうだ。
いくつか話をし、私の鑑定結果は概ね三条のものと同様である事を伝える。
書類は今晩中に整理して送ることにし、電話を切る。
2019.11.5
一日医局のデスクで、溜まっていた書類を片付ける。
三条からメールあり。
鑑定結果を私のセカンドオピニオンと併せ、提出したとの事。
マッサージと整体に寄って帰宅。
2019.11.10
深夜、医局からタクシーで帰宅中、三条から携帯に電話が入る。
電波が途切れがちで詳しく聞けなかったが、例の患者がマッチ棒で作った東京スカイウッドの模型に火をつけたらしい。
センターは一時、消防車が数台詰めかける騒ぎになったそうだ。
患者は落ち着いているが念のため個室へ隔離、普段と変わらない様子に見えるが、なぜか私の事を呼んでいるという。
明日の午後は名古屋へ出張なので、朝一にセンターへ向かうと約束して電話を切った。
2019.11.11
外来の担当医師が一人急病で倒れ、午前中の予約1件だけ診察代行する事に。
おかげでセンターには約束の時間を大幅に過ぎての到着。
午後の出張が控えていることもあり、患者との面会時間は数分しか取れなかった。
短い会話だったが、同化・統合などといった、気になる単語がいくつか見受けられた。
もしかしたら二回の診断で鑑定結果を出したのは早計だったかもしれない。
まあ続きは名古屋での仕事を終えてからにしようと思う。
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