Cage. #14【闇の果て】

暗闇に橘香が膝を抱えて座っている。
子供達の歌う「かごめかごめ」がうっすらと聞こえる。
鈴の鳴るような音が周期的に入りだす。
あたりに右筒の声が響く。

右筒「俺は……相澤に負けた。愛した女を奪われ、肉体を滅ぼされ、そしてその復讐も叶わなかった」

暗闇に浮かび上がる間宮。

間宮「そう……あなた、迷い込んじゃったのねぇ……」

間宮、闇に飲み込まれる。

右筒「そうだ、俺は相澤を殺せなかった。俺が相澤に乗り移った時、あいつは俺の考えを全て知った。その瞬間、やつは自らの、それも鉄より強固な意志で一片の躊躇わず死を選んだ。相澤は紛れもなく自殺したんだ。闇に心を支配されるくらいなら、と」

暗闇に浮かび上がる立花

立花「オーマイ! ……あれほどアブないことに首突っ込まないでって言ってるのに!」

立花、闇に飲み込まれる。

右筒「お前はどうなんだ? 自分の正体を知り、出生の秘密を知り、人の内面に潜む醜さを知って何をした? 怒りに任せて能力(ちから)を振り回し、防御を許さない正論という名の透明な刃で、人の心の弱い部分をなます切りにする……そうやって自分の憂さを晴らしただけ。それがお前の本性だ。あの男とは違う」

暗闇に浮かび上がる鵠沼。

鵠沼「詭弁だ。全てを見通せると思っている君でも、見ているものは物事の一面に過ぎない。ましてや今の君のように憎悪のフィルターがかかった状態では暗黒面しか見えないぞ。己の闇に囚われるな!」

鵠沼、闇に飲み込まれる。

右筒「まだわからないのか? あの男に『相澤橘香』という呪縛をかけられて育ったお前だが、所詮人間ではない。そして妖怪でもない。やつらと相容れる事など出来はしないんだ。いずれ両方から疎まれ、蔑まれ、最後には迫害される事になる」

座っていた橘香、ゆっくりと立ち上がる。手にはたたんだ傘を持っている。
暗闇に浮かび上がる小堺。

小堺「勝手な思い込みと適当な思いつきで行動すんなってコトだ。お前は勘に頼りすぎなんだよ」

小堺、闇に飲み込まれる。

右筒「一緒に来い。あの男は死んだぞ、もうお前を縛りつけるものはない。カゴから出してやろう」

ゆっくりと後ろを振り返る橘香。
「かごめかごめ」の音量が徐々に大きくなり「後ろの正面」でカットアウト
暗闇に浮かび上がる上山。

上山「固まってないで動け馬鹿。刑事課の連中はみんなもう出張(でば)ってんだぞ!」

橘香「えああーーーーーっ!」

橘香、振り返ると同時に大上段から傘を振り下ろす。
一面の闇が払われるが、辺りは灰色の世界。
立花、上山、里見、松原が橘香に駆け寄る。
その後ろににヌシ。
岡嶋は少し離れた位置に仰向けに横たわっている。
荒い呼吸を繰り返す橘香。

立花「キッカ!」

橘香「ハァハァ……あいつは? ……倒した?」

里見「いや、まだだ」

上を仰ぎながら答える里見。
橘香、傘を杖に立ち上がり、倒れた岡嶋に近寄って傘を振りかぶる。

上山「待て相澤!」

立花「キッカ違う!」

慌てて橘香を押さえる立花、上山、松原、里見。

橘香「放して! こいつだけは!」

立花「落ち着け! もうコイツの中に右筒はいない!」

橘香「え?」

松原「今は俺たち全員が右筒の意識の中にいるんだ」

橘香「……何で?」

ヌシ「『かごめの儀』じゃ」

ヌシ、岡嶋の脇に座り、手をかざして何か調べている様子。

橘香「ぬしさま?」

松原「もともとは神を呼び出す儀式なんだが、こいつは裏の使い方をした。鶴と亀を生贄にし、空っぽの人形(ひとがた)……つまりこいつの肉体を触媒とすることで自らを荒ぶる神、「荒御魂(あらみたま)」に変化(へんげ)させるつもりだ」

里見「ま、神になるには不純物である全ての意識を解き放った、純粋な容れ物に、同じく純粋な魂だけを放りこまなきゃダメなんだけどな」

松原「だからヤツはあんたを挑発し、自分を潰させようとしたんだ。そしてそれと同時に発動する罠も張っていた。 あんたをこの中で潰すための罠だ」

立花「本来この空間に飲み込まれたのは、潰れる寸前のコイツとキッカ……お前だけだった。そこにぬしさまが来てくれて、お前に思念を送り続けたんだ」

橘香「思念?」

ヌシ「電話の呼出音みたいなものじゃ。20回は鳴らしたかの。留守電にならんで良かったわ」

ヌシ、小さな鈴を見せて、りんと鳴らす。

立花「それで精神が繋がってここに来れたんだ」

ヌシ「一か八かの賭けじゃったがな。そなたが罠に気付き、自ら其れを打ち破れるかどうかの、な。しかし……」

立ち上がって橘香の肩に手を置くヌシ。

ヌシ「ようやった。流石は相澤の娘よ」

顔を激しく振る橘香。

橘香「でもあたし! ……間宮さんと鵠沼さんを——」

ヌシ「案ずるな。ふたりとも儂が引きずり戻したわ」

橘香「えっ!」

ヌシ「あの山猫軒という茶店は特殊な場所でな。結界のようなものに包まれておって、鶴の意識も拡散せずに宙を漂っておった。将棋センターは元々、儂が直接結界を張っておったでな。亀も無事じゃ。まあ応急処置ゆえ戻ったらきちんと診てやらねばならんが、心配はなかろう」

橘香「本当に?」

ヌシ「応よ」

橘香「ああ! ぬしさま、ありがとう!」

橘香、ヌシに抱きつき安堵の涙を流す。

上山「なあ、こいつはどうなんだ?」

上山、指で岡嶋の瞼を開きながらヌシに尋ねる。

ヌシ「ん? おお、そっちも検査終了。大丈夫じゃ」

上山「何がどう大丈夫なんだ?」

ヌシ「どこにも右筒の残りカスはない。きれいさっぱり抜けておるわ。まさに憑物が落ちるというヤツよ」

上山「しかし全然目を覚まさないぞ?」

上山、岡島の頬を軽く叩く。

ヌシ「ここには一切の感覚刺激がないのでな。外に戻ればすぐに覚めるじゃろ。さて、そろそろ戻らねば空間が閉じるぞ」

橘香「閉じるとどうなるの?」

里見「儀式が成功ならこうギュッと器に魂が定着して荒御魂の誕生だ。だがその前にここから全員おさらばして空っぽになれば、シュウン! ……消滅。あ、なんか適当なもの置いてったら宝石ができる事があるって聞いたぜ」

松原「そりゃいいな。サトミ、お前置いてってやろうか。役立たずの犬神でも宝石になりゃちっとは役にたつかもな」

里見「なんだとマツバラ? てめえが残れよカッパ野郎! どうせ尻子玉くらいにしかなんねえだろうがな」

ヌシ「うるさーい!」

つつきあう二人を一喝するヌシ。

ヌ「 遠足ではないぞ! このガキめらが。儂に怪物くんみたいな声を出させるな!」

松原・里見「すいません!」

ヌシ「おお、閉じて来おったわ! ほれ、去ぬるぞ。其奴を抱えて疾く儂の後ろにつけ」

ヌシ、なるべく収縮の中心点へと移動する。
松原と里見が両脇、上山が足を抱えて岡嶋を持ち上げ、ヌシの後ろに立つ。

ヌシ「真ん中に集まれ! はみ出た分だけ持っていかれるぞ」

松原「おいサトミ、もっとそっち寄れよ」

里見「限界だって! ていうかこのスペース無駄じゃね?」

里見、持ち上げられて横になった岡嶋の体の周囲を指す。

上山「それもそうだな」

上山、持っていた岡島の脚を放す。

松原「おい! 急に手え放すなバカ!」

里見「よし立たせろ。ほらもっと寄れって!」

ヌシ「近い近い! 貴様ら近い! 集中出来ぬわ離れろ!」

一同「ええ~……」

グダグダやっている一同。

橘香、ヌシの脇に並ぼうとするが、立花が動こうとしないことに気づく。

橘香「左丸?」

立花「俺、残るわ」

橘香「え?」

立花「あんなやつでも兄弟だし、独りで消えさせんの可哀想だし。それに——」

里見「おい、お前ら何してんだ早く入れって」

立花「本当は俺も香澄のことが好きだった。香澄が相澤と一緒になったって聞いて、怒り狂う右筒を見ながらふと思ったんだ。堕ちた右筒が相澤を殺し、右筒が掟によって封印されれば、香澄を自分のものにできるかも知れないと、そんな事を一瞬だけど考えてしまった」

橘香「そんな、誰だって一瞬くらい考えるってそんな事。無理矢理自分のせいにするなとか言ったのアンタじゃない!」

立花「そういう話じゃないって」

橘香「どういう話よ? わかんない!」

立花、苦笑いしながら首を振る。

松原「何やってる早く集まれ!」

橘香「ちょっと待って! ……ねえ行こうよ、その話は帰って聴くから」

橘香、立花の腕を引っ張る。

立花、二、三歩引き摺られるが、振りほどけるギリギリの力で橘香の手を払う。

立花「ありがとキッカ。アンタと暮らした1年間、今までで一番楽しかった」

橘香「何よまだ一年も経ってない! ルームシェアの契約だって残ってる——」

上山「相澤! 来るんだ!」

上山が、橘香を抱えてヌシの側まで引っ張る。

橘香「放して!」

立花「じゃあ……。さよならキッカ! 香澄よりいい女になりなさいよ!」

橘香「待って! まだ行っちゃ——」

立花「キッカ! 愛してるわよ!」

橘香「咲ちゃん……咲ちゃん!」

空間が閉じ、光も闇もない虚無となる。

暗転

§

Cage. #15 【エピローグ】へ続く

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