え!私が英語の先生になるんですか?2
無職が英語講師にジョブチェンジすることを目指す話です。一話はこちらから。
翌日、指定された時間にパソコンを開き試験を受けた。試験官は確かヨーロッパのバルト三国あたりの出身で綺麗な金髪のお姉様だった。冒頭に試験の説明がある。すでに告知されていた通り、生徒のニーズに合わせてデモレッスンをするというものだった。最初にお互いに自己紹介をし、その後生徒が指定した教材を使って文章を読む練習をしたり、自由に英語で会話したりする。
試験官は試験のプロセスをかなり流暢な英語で説明した。どう考えても俺より英語ができる人にこれから英語を教えなければいけないのか思うと、心臓が張り裂けそうな思いだった。
「質問がなければデモレッスンを始めていきましょう。準備ができたら始めてください」
と言われたので、一呼吸おいてレッスンを開始した。まず緊張した気持ちを落ち着かせるために大きな声で挨拶した。
「Hi, how’s it going!?」
普段英語で話しかける時に必ず使うフレーズでデモレッスンを始めた。不思議と気持ちが落ち着く。自己紹介をこなし、相手の自己紹介の番になった。
「私は〇〇出身で、英語を勉強しています。サッカー観戦と釣りが趣味です。週末は近くの川に行ってボートで釣りをします。よろしくお願いします。」
一つ一つの内容を一応メモっておいた。相手の自己紹介が終わると通常すぐに授業に入るのだが、私は質問をしてみた。
「なぜあなたは英語を勉強していますか。どのようなスキルを身につけたいですか。」
自分より英語ができる試験官にこの質問をすることは茶番以外の何者でもない。しかしデモレッスンははあくまで、講師と生徒という「設定」の上で成り立っている。ロールプレイである以上、今回どんな「設定」で教えるのか明確にしておきたいという意図があった。すると
「そうですねぇ。旅行も趣味なので、旅行で使うために英語を勉強しています。」
いやもう十分旅行くらいならできるだろ、と内心ツッコミを入れつつ、今回の設定が明確になった。つまり相手は今の状態では、旅行中に困る程度の英語力を持っていて、それをどうにかしたいと考えている。そうなると講師である私の役割が明確になった。お互い役に入りきり、授業は進行していく。途中で試験官は、いくつかの単語の意味について質問してきた。事前の要項に、何か質問をされたらチャット欄を効果的に使って回答してください、と書いてあったので、語の意味をチャット欄に載せた。相手が日本人の生徒であれば、日本語で書けばいいが、相手との共通言語は英語しかない。そのため単語の意味を聞かれるたびに頭をフル回転させて、英単語の意味を英語で説明した。
なんとか最初に指定された教材の内容が終わったと思ったら、
「残り時間も少なくなってきたので、会話の練習がしたいです」
と言われた。しかも
「何か話したいことはありますか」と聞くと
「特にないので先生が決めてください」と言われてしまった。
頭が一瞬真っ白になった。日本語でも会話の練習がしたいからなんか話題を提供してくださいと言われたら答えに窮す。どうしようかと狼狽えると、相手の自己紹介の内容を書き留めていたメモが目に入った。そこで、今回の授業が、海外旅行をしたいから英語を勉強したい生徒と講師、という設定の上で成り立っていることを思い出した。なので旅行のことを質問することから会話を始めた。
そこから残り時間はあっという間に過ぎ、デモレッスンは終了した。試験官は生徒から試験官へと戻り、言葉を発した。
「よくできていたと思うわ。結果は数分後に送信されます。何か質問や聞いておきたいことはありますか」
「いやーあなたの英語のレベルが高過ぎて正直教えるのが難しかったです」私は正直に感想を述べた。すると
「たくさんの人がそう言いますが、実際問題かなりレベルの高い生徒が英語を教わりにくることもあるのでいい練習になったのではないかと思いますよ。」と言われた。
私は礼を言って、ミーテイングルームから退室した。あっという間の20分だった。結果は試験官が言う通り、3分後にはメールボックスに届いた。
「合格していますので手続きに進んでください」
と書かれていた。率直に嬉しかった。安堵した。そしてこれで自分も社会の一員になれるきっかけを掴めたと思った。早速プロフィール写真の提出や生徒へ向けたメッセージを入力し、認証されるのを待った。数日後、晴れて英語講師になることができた。