私の十年に一度の本:30代編
これは本当に衝撃的でした。木村治美さんのエッセイで紹介されていて面白そうだなと思ったのがきっかけでした。エミール・ゾラの『居酒屋』、あらすじは以下のとおりです。
内縁の夫と二人の子どもを連れて南仏からパリに出てきたが、夫に逃げられたジェルヴェーズは洗濯女として働き始める。やがて真面目な職人クーポーと出会い結婚、女の子も授かり幸せな日々が続いたが、クーポーが怪我をしたことから怠け癖がつき働かなくなってしまう。そのうち元夫のランチェも家に住み着き、働かない二人の男にむしばまれ生活はどんどん傾いていく。やがてジェルヴェーズ自身も酒に溺れていく。
最初に読んだ時は、木村治美さんの意見に影響されてか、ジェルヴェーズがだらしない女に思えた。けれど二度三度と読み返すと、彼女はお人好しゆえに貧乏くじを引いてしまうんだとわかった。
元夫のランチェが戻ってクーポー家に住み着いた際、ジェルヴェーズとも寄りが戻ってしまう。それを街の人達はみな知っていて、ジェルヴェーズを笑いものにする。
実際に一番非難されるべきは他人の家に居候して、他人の奥さんに手を出するランチェである。それを食い止められないで見逃している、主人としてガツンと言えないクーポーも悪い。けれど世の中の人は何故かジェルヴェーズを非難し、服装が小ぎれいで新聞も読めるランチェのことは悪く言わない。ひどい話だ。
パリの底辺に暮らす人達の、希望の見えない暗い内容の話だが、ジェルヴェーズとクーポーの結婚式の様子やジェルヴェーズの誕生パーティーでがつがつ料理を食べるシーンなど、ところどころ滑稽な描写もある。
ちょうどフランス語を勉強しはじめた頃で、これをきっかけにゾラの『ルーゴン・マッカ―ル叢書』や『テレーズ・ラカン』にはまり、フランス文学全般に興味がわいてきた。それまで主に読んでいた英米の小説は秋の風みたいにすっきりとしているが、フランスの小説は春霞のようなもわっとした空気感がある。そして土の匂い草の匂い、そこに暮らす人の血や汗の匂いや体温を感じるものが多いように思われる。