No275 守りたくなるルールはみんなを幸せに
情報セキュリティ対策に限らず、組織を動かすにはルールが必要です。
ルールというのは制約ですから、メンバの行動の自由を束縛します。
一方で組織のポリシーや目指すものを規定するのもまたルールです。
前回は皆が守りやすい、守る気になるルールを作ることの大切さについて筆者の考えを述べました。
今回は、その続編となります。
ゴールは「みんなが幸せになるルール」であるべきです。
ですが、制約であるはずのルールでそんなことが可能なのでしょうか?
今回は、既存ルールを「幸せになれるルール」にするための筆者の考えを述べます。
1. 守りたくなるルール(おさらい)
前回のおさらいとなりますが、そもそも「守りたくなるルール」とは何でしょうか?
端的に言えば「守った方がトクなルール」です。
ここで言う「トク」は現場メンバから見て「メリット(利得)がデメリット(面倒臭さ)をはるかに上回っている」状態を指します。
例えば、クルマの運転では「赤信号で止まる」ルールをほとんどの人が守ります。信号無視で得られるわずかな時間のトクと、人をはねて人生台なしにするデメリットでは全くつりあわないからです。
ですが、これがスピード違反となると守らない人がかなり増えます。ルールを守るメリットが(信号無視と比べて)わかりにくいため、ルールを守っても「おトク感」が小さくなるためです。
これは組織ルールの場合も同じで、いかに「おトク感」を持ってもらうかが重要になってきます。
そのためには、前回にも書いた3点がとても重要になってきます。
1. 理由を明示すること
→ひどい事故を避けるためならば、多少はガマンできる
2. ルールは具体的であること
→手順や方法が現実的なら「ま、守っておこうか」と思いやすい。
3. 負担増を最少限にする方法を深く考えること
→「ああ、現場のコトわかってくれてるな」と思えるルールは守ってもらえる。
さて、この3点を満たす優れたルールを作ったとしても、まだまだやるべきことがあります。
それが今回のテーマとなります。
2. ルールを現場にフィットさせる
いくらルールを策定する側ががんばったとしても、現場の作業のすべてを把握などできません。
なので、現場の実情に全く合わないルールが出てくることもあります。
主任A「....というわけで、今後は作業Aに着手する時に申請書提出が必要になります。」
担当B「ちょっと待って!作業Aって30分かからない作業じゃないですか。一日数回はやってますけど毎回出せと?」
主任A「面倒ですが、そういうルールになってるので守ってください」
担当C「この申請書、かなり面倒臭そうだよね。作るのに10分かかったら、その分実作業時間は減るよ。それはいいよね?」
主任A「それは困ります。作業量は減らせません」
担当C「こっちこそ困るよ。魔法じゃないんだから時間ゼロでは作れんよ」
いかにもありがちな風景ですよね。
上層陣からすると何かやむを得ない事情があるのかもしれませんが、このような伝え方では現場は全く納得できないのも当然です。
要は、ルールを決めた側と現場で認識が大きく食い違ってるのです。
これ自体は別に問題ではありませんが、このままでは運用が困難です。
こんな場合は、現場の状況を説明した上でなるべく負荷にならないルールになるように改善要求を出せば良いのです。
主任A「....というわけで、今後は作業Aに着手する時に申請書提出が必要になります。」
担当B「ちょっと待って!作業Aって30分かからない作業じゃないですか。毎回はカンベンして欲しいな。まとめて出すのはダメなの?」
主任A「なるほど。ウチのチーム全体分を午前と午後にまとめて出すように提言しましょう」
担当C「この申請書、かなり面倒臭そうだよね。ひながたって用意できないの?お客さんIDとか名前だけ入れればOKみたいな。それなら1分もかけずに済むよね」
主任A「それもいいですね。Cさん希望の申請書様式作れる?」
担当C「しょうがないな。じゃ、オレ達がラクできる様式を作ってあげますよ(笑)」
いかがでしょう。
こんなに都合よく改善策が出るとは言いませんが、「ルール=守るしかない」という発想を止めるだけでもアイデアはいろいろと出てくるものです。
大きな組織なら、最初は一部の部署に協力してもらってルールに磨きをかけてから、全体に適用することも有用です。
現場の負担感を減らすには現場に考えてもらうのが一番ってことです。
また、いちいちルールのドキュメントを見なくても済むような工夫をすることもオススメできます。
作業場所には手順を掲示する、注意事項をシールにして貼っておく、手帳にはさめる縮少版ルール集を配布(orスマホで見られる形式にしてメールを送る)するといった工夫を考えてください。
3. ルールは繰り返すことで浸透する
こういったルールを決めたとしても、時間が経つと人によって手順が違ってきたり、覚え違いによる手順抜けなどが起きてきます。新たに入ってきた人は当然ルールを知りません。
ルールを正しく定着させるのは「しつこさ」です。
何回も何回もルールを繰り返し再確認してもらうことです。
例えば、毎月最初の朝礼でルールの(一部の)読み合わせを行うことでも良いでしょうし、ルール確認文書の回覧だとか、社内講習会を行うのも良いと思います。
ルールを何度も目にすれば、ゆっくりですがそのルールはメンバに浸透します。(それでも数年はかかると思ってください)
法制度の改正や取引先の都号でルールを変えざるを得ない場合もありますので、少なくとも年に1回はルールの見直しも必要です。
決してルールを金科玉条や不磨の大典にしてはいけません。
ルールは「必要な時には改変するもの」であり「誰でも改変要求できるもの(改変の可否は内部で議論が必要ですよ)」という認識を全メンバに持ってもらうことがとても大切です。
言い換えれば「ルールなんてものはエラいさんが考えたもの。オレたちは従っていればイイ」という考えを持たせないことです。
4. やめる勇気
ルール運用で、一番難しいことがまだ残っています。
ルールの廃止です。
この「ルール廃止」はとてつもなく難しいテーマで、筆者自身もルール廃止をうまく運用できている組織というのは経験がありません。
これは会社に限った話ではありません。
政治や行政でも同じです。
ちょっと話がそれますが、優生保護法というのをご存知でしょうか?
これは障害者などに対して優生手術(不妊手術)を本人の同意なく国家が行えることを定めた法律です。
人権無視も甚だしい話のですので、明治の頃の法律かと思いきや、成立したのが1940年(当時は国民優生法)で、廃止となったはなんと1996年(平成8年)です。明治どころか平成の世でも現役だった法律です。
廃止も自然になったわけではなく、関係者の必死の努力でようやく廃止に至ったというのが実際のところです。
法律と社内ルールを並列に論じるつもりはありませんが、一度決まったルールをくつがえすのがいかに大変かという事例の一つといえます。
組織内に残っている古いルール、今となっては何のために存在しているのかよくわからないルール、一部に必要部分があるから運用しているが内容の大半が不要となっているルールなど、廃止や再設計すべきルールはたくさんあるはずです。
目的を果たし終えたルールは廃止にしてしまうことが理想ですが、これについては筆者も今の時点で明解な指針を示すことができません。
この点については、筆者も精進を重ねたいと思います。
5. まとめ
ルールの運用は決めただけでは、道半ばです。
そのルールを実際に運用し、欠点を補正し、改善し、メンバに浸透させる、といった活動が必要になります。
欠点を補正するには現場の意見が欠かせません。実際に作業を行うのは現場の方々ですから、その人々にとってラクに運用ができるルールにしておくことが結局みんながラクになるのです。
幸せなルールの第一条件と言えます。
また、いくらしっかり覚えていたつもりでも、覚え間違っていたり、しばらくやっていないと手順を忘れたりします。
それを浸透し定着させるには繰り返しの学習が必要です。
ルール集の読み合わせでもいいですし、学習用資料を配布するのも良いでしょう。
定着させるまで繰り返しましょう。
これを支えるのは「しつこさ」、それも「経営者のしつこさ」です。
これが幸せなルールの第二条件です。
この2つの条件を満たしている組織のメンバはルールは自分達を守るもの、幸せになるために必要なもの、と考えていることでしょう。
今回はルールを決めた後の運用について筆者の考えを述べました。
次回もお楽しみに。
(本稿は 2022年9月に作成しました)
本Noteはメルマガ「がんばりすぎないセキュリティ」からの転載です。
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