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意識の間に生まれる何か

研究者って目指してなるものではなく、結局のところ、昼夜を忘れてしまうぐらい面白いと思ってのめりこむことがあるからこそ、結果的に研究者になるんだと思う。

さて、その意味で、今の自分は研究者なのかと自身に問うてみると、全くそうではないような気がする。研究対象がつまらないどころか、嫌いな感覚さえおぼえる。

いや、昔はそうではなかったと思う。グラフ理論をベースにして独自理論を作ったりしてシミュレーションしたりして、大学にこもって時間を忘れて研究をしていた。どんどんやりたいことが増えて、たくさん論文発表して、大変だったけれど楽しかった。

けれど、今はその当時のやる気も、味わった興奮も、どこかへいってしまった。どうしてこんなことになったのか。その原因はわかっている。ずっと、自分の「好き」を突き詰めていかなかったからだ。その好きを閉じ込めて、企業のサラリーマンとして期待されている自分を演じてきたからだ。

もちろん、なんでもかんでも期待されることを演じてきたわけではない。最終的には自分の好きにつながるだろうテーマを無理やり作ってきた。けれど、無理やり作ったテーマがその自分の好きにつながることはほとんどなかった。

そんなことを10年以上続けていたら、自分の好きがよくわからなくなってきた。何をやっても、ただ、つまらないと感じるようになってきた。いったい僕は何が好きだったんだろう。

今日は、それを瞑想しながら、脳内を露出し続けることで、感覚を呼び覚ましていこうとおもって、いま、だらだらとnoteを書いている。

興奮する研究

昔、研究をしていて、興奮したことがいくつかあった。

一つは数学の不思議。たとえば、双対の関係。グラフ理論で言えば、グラフ構造のカットセットはループとは双対の概念であるとか、グラフの変形が行列式の変形と双対であるとか、似ても似つかないものが、実質的には同じものだという事実に不思議を覚えた。何かの独自理論を証明しようとしたときに、絵を描いて証明の手掛かりを掴もうとして失敗し、それを無機質な行列式で変形しまくってたらあっさり解けて、えっ、どういうこと?とひとつひとつの式を絵に変換していったら、なんだ、そんなことだったのか!と答えが視覚的にわかる。なぜそこに双対の関係があるのか。本質が、実態が見えないのに、表現が複数あってそれらが完全につながっている。この不思議な感覚に興奮していた。きっと世の中にも同じことがあるに違いないと。

もう一つは、分散処理。一つひとつのノードは単純な振る舞いをしているのに、それらが互いに影響し合うと、全体として複雑な振る舞いを見せるようになる。そして、その全体の振る舞いを完全に予測することは困難で、論理的な証明だけでなく、シミュレーションなどでも確かめる必要も出てくるが、単純なものが時間と空間を与えられて影響しあっていくと、予想もつかないような振る舞いを見せるようになってきて、そのスケールが大きくなればなるほど、コンピューターの計算能力では手に負えない領域に入ってくる。なのに、自然はまだ解明されていないルールも含めて、ある決められた法則通りに絶えず動きつづけていている。なんてことだ。物理と数学が混ざり合うこの領域にも興奮を覚えた。Winnyにも興奮したし、ライフゲームも見ていて飽きないし、雨の日の水紋を見ていて発狂しそうになった。その感覚に導かれるようにしてP2Pとかネットワークなど研究にのめり込んでいったのだと思う。

何かのヒントになりそうなアイデア

いまでも、これは面白かったと思う研究がある。プロセッサの資源や電力が厳しくてできるだけ通信をしたくない大量のノードが密集しているという環境下における、マルチホップ無線ネットワークの研究。そこで、タイミングを使って通信せずになんらかの意思を伝えるアイデアを思いついた。ある入力を受け取ってから、その反応を返すまでの時間に意味を持たせると、通信をしなくても情報を伝えることができるのではないかと思った。

その思惑は正しく、シミュレーションしてみると、電池残量や発信元からの距離をベースに評価関数を最適化する際に、関数に必要なステータスを制御情報として周りに伝えることなく最適化でき、誰がパケットをルーティングすべきかを自律的に決められることがわかった。ネットワークのトポロジーやステータスを交換することなく効率的なブロードキャストが可能となった。

もしかしたら、脳のニューロンも同じようなことをしているのかもしれない。刺激に対する反応までの時間差を意図的に変化させて、何らかの計算や意味の伝達を行なっているのかもしれない。クロックの概念を持ち込んでは解けない領域がありそうだ。脳の仕組みの理解を少し進めることができるかもしれないし、新しいコンピューティングの仕組みを作ることができるかもしれない。

複雑系、なのか?

マルチホップ無線ネットワークも、脳の神経回路網も、構造は似ていて、ノードが大量に存在していて、それらが空間的に近いところで大量の接続を持っていて、その接続は変化可能で、ノードは単純な処理と入力と出力しかできないのに、全体として複雑な処理ができる。

僕は、自己組織化とか創発とかいわれることに興味があるのだろうか。キーワードだけを拾っていくと、複雑系と呼ばれる分野になる。確かに複雑系には興味が湧くが、突き詰めていきたいとまでは思わない。それよりも、その裏にある何か共通したエッセンスというか、現象が発生するメカニズムというか、隠された本質というか、そういったものを拾い出してみたいという欲が強い気がする。

もしそれができたとすると、脳の構造を一歩深く理解できるかもしれない。それを応用して、次のAIのアーキテクチャを作れるかもしれない。さらには社会的な現象やコミュニティの形成になんらかの知見を与えられるかもしれない。

幸福やら行動経済学やらの共通項のえぐり出し

以前noteでも書いたが、幸福とはなんだろう、ということにも興味がある。脳はなぜ幸福を感じるのかとか、幸福感によって人間は何を獲得したのだろうかとか、幸福とは意識が感じているものなのか体が感じているものなのかとか、色々考えたいことがある。

行動経済学や脳科学に興味が出てくるのは、おそらく、この幸福とはなんだろう?ということに強い興味があるからだと思う。これも、先に述べた隠れた本質と深い関係があるように感じている。それが何なのかは分からないのだけど、分からないから研究してみたい。あーこの辺りにはのめり込む要素がありそうだ。

現象そのものを追求するというよりは、人と人との関係とか、脳細胞間の関係とか、っていう空間的なことと、そこでやりとりされる情報や反応の流れとか、っていう時間的なこととが一緒になったモデルを抽象的に理解してみたいんだと思う。つまり、僕が持つ欲求は、何らかの共通項と、そこに潜む本質をえぐり出したいという欲求、ってことになるのかな。

あー、少しずつ、昔の自分を引っ張り出してこれたかもしれない。

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