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この切なさって、なに?

 私は彼のことが好き。本当に本当に大好き。なんで高校生のうちに告白しなかったんだろう。どうして一言好きと言えなかったのだろう。
 理由は簡単、彼が男子で私も男だからだ。自分のことを特別男性であると意識して生きてきたわけでもないし、かといって自分が女性であるとも自認してはいません。自分が好きな人になった人は優しい人だったり、ちょっと強引だったり、身長が低かったり高かったり、クラスの中で目立つ人もそうでない人もいて、そして男性だったり女性だったりしました。自分にとってさしたる差はなくてその人が好きということでしかなかったのです。世の中には異性のみ好きになる人と同姓のみ好きになる人が多いらしいですが、私からすると結構不思議な感じがします。
 彼はほかの誰よりも美しかったと思う。顔の美醜のみならず性格も私なんかとは比較してはいけないくらいに良い性格だったとも思います。彼の良さには初対面のころから気づいていました。高校生にしては少し大人らしい趣味を持っている彼は初対面の私にも熱を上げて、だけれども私にもそれが理解できるような形で話してくれました。帰りのバスの中でお互いの趣味や通っていた中学の話やコロナ禍での学校生活への不満など、毎日飽きもせずに話し合っていました。
 最初に彼のことを意識するようになったのは、駅のホームで並んで歩いていた時でした。私は恥ずかしいことに話し込んでいるときに周りに注意がいかなくなってしまい、自分や周囲に迷惑をかけてしまうこともしばしばあります。その日も彼と楽しく話すあまり後ろからくるサラリーマンに気づかず、ぶつかられた衝撃ですこし駅の線路側によろけてしまいました。線路に落ちる前に彼が肩を抱きかかえてくれなければ落ちる可能性もあったでしょう。彼が私をさらりと救った後、私に「気を付けてね」とだけ言ってまた元の話に戻しました。まるで恋愛ドラマの一幕のような華々しい恋の芽生えでした。
 それからは彼と帰るバスの中で二人で並んで座るだけでも、なんだかドキドキするようになってしまい、初めの数日は碌に顔を見ることもできませんでした。彼の目鼻立ちのきれいな顔もセンスのいい私服も、いい香りのする髪の毛も全部が気になって仕方がありません。男子同士なので向こうも特に意識せずに私の髪の毛に触れてきたり、一緒にカフェに行ったときは「あーん」と食べさせあったりしていました。いや、男子の中でも少しスキンシップ過剰だったかもしれません。
 少し話は変わりますが私が彼を一番好きなところについて教えたいと思います。彼と帰るときは私は別のバスに乗り換え、彼は歩いて帰るのですが彼は私がバスを待っている間ずっと私と一緒に待っていてくれるのです。時には三十分程度待つこともあるのですが、特に文句も言わずに待ってくれます。初めのうちは申し訳なくて「自分のことは待たずに帰ってもいい」と言っていたのですが、結局いつも私が乗ったバスが出るのを見送ってくれるのです。これで惚れない人間がいるでしょうか。きっといないでしょう。
 そんなわけで私は彼のことが大好きなのですが、彼が私を好きでいたかどうかは不確かで、もしかしたらただの友人のうちの一人としか認識されていないのかもしれません。私が持っていないものをたくさん持っている彼が私は好きなのですが、私が持っている価値や魅力は大多数の人が持っている、つまり可換なもので、だからこそ彼にはたくさんの友達がいてそのうちの一人がたまたま私だっただけなのです。こうなってしまうともうどうしようもありません。彼と自分の間には大きな価値勾配ができてしまっているのです。友人や恋人という関係に対して価値の提供や能力の多寡というような話はナンセンスなのかもしれませんが、どうしても意識せざるを得ないほどの壁がそこにあるのです。こんなことばかり考えていると彼と話すのはますます難しくなってしまい、しばらくの間なんだか会話はぎこちなくまるで大学の教員と話をするかのような緊張感が張り詰めていたように思われます。結局のところ私だけが意識して、空回りして、なんだかうまいこといかなくなってしまったのです。なんと滑稽な人間でしょう。でもこうなることは初めからわかっていました。物語でも身分違いの恋がきれいに実ることはないし、それに生きてきた立場の違う人間がたとえ心が通ったような瞬間があっても、それはたまたまその瞬間周波数がそろっただけで、本質的な和解をすることにはなりません。実際私は三年生になり、大学入学のための勉強で彼と過ごす時間はほとんどなくなり、彼もまた音大に進むための訓練で忙しくなってしまいました。こうやって書くとお互いに遊ぶ暇もないほどの研鑽をしていたように読めますが、本当のところは彼からしたら忙しい時に優先して会うほどの価値のない人間として処理されたのでしょう。私も彼に嫌われたくなくて、彼に無理を言って遊びに付き合わせたくなくて、勉強を建前にして自分から誘うこともほとんどなくなってしまいました。そうして三年生の日々はほとんど消化不良のまま、ただ勉強と勉強を中心とした関わりの思い出のみがちらほら思い返されるばかりです。もちろん自分で選んだ選択でありまた様々いいこともあったのですが、しかし彼がいない生活というのはとにかく華がなく賃金のための労働と生きるための給餌のみの労働者のような生活でした。
 結局お互いに第一志望の大学に合格したのですが、お互いに受かったことを祝うような時間もなく、高校最後の数日間も気づいたらぬるっと終わっていたのでした。
 そうして一年以上もたってからこんなことを長々と書いているのですが、これを書くのは彼に私とのことを忘れないでほしいからです。とはいっても彼に見せるわけでもないのですが、彼が私のことをすこしでも覚えていてくれるように祈ることとこれを書くことは私にとってつながっている行為なのです。こうやって独りよがりに文章を書いて、それで何かやったつもりになるのは他人から見ればずいぶん気持ちの悪いことでしょう。それになるべく気を付けていても文章には脚色がされてしまい、それに自分の気持ちも自己欺瞞でめちゃくちゃになっています。それでもこうして祈るだけで私は満足なんです。
どうか私とのことを忘れないでください。
 


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