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物件探し

もう30年以上も前の春のことです。

住んでいた家に大家さんが急に戻ることになったので明け渡してほしいと、仲介してくれた不動産屋さんから連絡がありました。

当時の家族は、私と妻に小学2年の娘、保育園年長の息子、保育園年小の娘でした。小さい子供がいた我が家には一軒家というのは気兼ねなく暮らせました。そして、駅からは遠いものの、小学校も近く、少し歩けば商店街もあり、環境もよかったのです。

その割と快適な家と同レベルの家を探すが大変ということがすぐにわかりました。

連絡をくれた不動産屋さんに物件を探してもらいました。
まず、わかったのは借りていた家の家賃は格安だったということです。つまり、賃料を上げるか、条件を下げるかの二者択一です。

ほかの不動産屋さんをあたったり、住宅情報誌や折込広告を目を皿のように探しました。しかし、賃貸物件はみな帯に短したすきに長しでした。

新聞広告を見ていた妻が
「賃貸でこの値段出すなら買えそうだよ。」と言います。
確かにそうなんです。その頃、バブルが弾けて住宅の価格が少し下がり始めて、住宅ローンの金利も下がってきていました。

それからは、賃貸物件に加えて、販売物件も探すようにしました。

土曜日は、新聞に不動産の広告が大量に折り込まれるので、妻と二人で手分けして良い物件がないかを探していました。

そして、数週間後のことです。
妻がとある大手不動産会社の広告を見て
「この家、駅からも近いし、間取りもいいし、他より安いわよ。」と私の目の前に広げます。

確かに妻の言う通りで、築年数もそんな古くありません。でも、私は安いものには訳があると思いましたし、物件を見てちょっと嫌な感じがしたので気が進みませんでした。

しかし、妻が見るだけでも見てみましょうと、言うので不動産会社へ連絡して見に行くことになりました。


内見当日、最寄り駅で不動産会社の担当さんと合流して現地へ向かいます。駅裏の道路から住宅街に入ってすぐ、駅近に偽りなしです。

家へ入ろうとすると、小二の上の娘がどうしても嫌だと言って入ろうとしません。私はなんとなく娘の気持ちがわかりました。門扉から玄関の間でぷ~っとお線香の香りがしたのです。仕方がないので娘は待たせて、家の中を見に行くことにしました。

このお宅、まだ所有者さんがお住いで、今日は、私たちがゆっくり見られるようにと、不動産会社へ鍵を預けて、外出しているそうです。今も住まいなので生活感があり、越してきた時のイメージが沸きました。築年数は浅いものの住むならば、1階の流し台、洗面台は交換した方がよいかな、と考えて2階へ移動します。

階段を上がると北側に廊下があって、南側に2部屋並んでします。ふと廊下の突き当りを見ると女の人が立っています。年恰好から見て、所有者さんの奥さんという雰囲気です。奥さんだけ留守番されていたのでしょうか。でも、鍵がかかっていて、担当者さんが開けていました。

どう考えても変なのです。

先に2階へ上がった担当者さんは、奥さんと思われる人に挨拶もせずに、手前の部屋を案内し始めるのです。奥さんがいれば、挨拶するのが普通です。私は会釈しましたが、こちらを見てもくれません。

ますます。疑問が湧いてきます。

このお宅は、緩やかな坂の途中に建っています。ですから、2階は、隣家の建物に邪魔されることなく、南から日差しが入ります。この部屋も日当たり良好と言って差し支えありません。にもかかわらず、どこか空気がどんよりしていていて、陽の気を感じないのです。

続いて、奥の部屋の見学です。廊下へ出ると奥さんはいなくなっていました。最後に私が部屋へ入ろうとすると、足がすくんで動きません。
息子が「お父さん、どうしたの。」と部屋から出てきたので
「ちょっと下でトイレ借りてくる」と言って、階段を下りました。

トイレの前で立っていると、2階から降りてきた妻が
「奥の部屋見なくていいの。まあ、あなたは見ない方がいいかもね。」
と意味深なことを言います。

妻の話では、奥の部屋には仏壇があり、その前にはカバーのかかった骨壺が置いてあったということです。置いてあったというのは、普通はお供えしてある仏花すらなかったというのです。

不動産会社の担当者さんへお礼を言って、また連絡する旨を伝えて別れました。そして、上の娘を伴って、遅い昼食をとることにしました。

近所の和食レストランでお蕎麦を食べることにしました。
料理が来るのを待っていると妻の方から
「今の物件やめようか。」と言います。

私は、話し出したら止まらない気がしたので
「うん。そうだね。」とだけ言って、話を終えました。

それ以来、私が気の乗らない物件は避けるようになりました。
そして、数多くの物件を見て、ようやく、現在の家に辿り着きました。


一般的には、納骨は四十九日までには済ませると思います。四十九日までに納骨できない事情があったのか。はたまた、四十九日を待てずに家を売却する理由があったのか。たった一度、内見にいった者には知る由もないことですし、詮索する権利もありません。

しかし、このご夫婦、もしくはご家族には、何らかの事情があったことは確かだ、と思います。そうでなければ、私の前に奥さんが姿を現す理由がありません。四十九日前で、奥さんが彼岸へ渡っていなかったという可能性を祈るばかりです。

家探しをしていて、遭遇した不思議な体験でした。

事故物件という言葉も一般的ではない頃の話です。この物件は、今でも事故物件には該当しないと思います。そうはいっても、家は一生の買い物という言葉もあります。家探しは、どうぞ慎重に進めてほしいと思います。

貴重な時間を割いて、最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。




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