山女の里
口コミサイトのオフ会で、シュンさんという男性と再会した。
連休になると温泉へ行き、地元の美味い店を探すのが趣味という男だ。その日も温泉地のグルメ情報を参加者に提供して喜ばれていた。
座が和んだ頃、シュンさんは私の隣に座って、教えてもらった店が美味しかった、などと話した後、
「奥K渓谷って知ってる」と尋ねてきた。
「I県とF県の県境の」と返すと、彼は頷いて話し始めた。
シュンさんは、数年前のゴールデンウイークに奥K渓谷からF温泉へ行く計画を立てたそうだ。
奥K渓谷は、K川の上流にあり、美味い天然の川魚が食べられると思ったからだ。しかし、ゴールデンウイークということもあり、目当ての店は大行列で、別の川魚料理の店を探すことにした。
ところが、どこをどう道を間違えたのか、やっと通れる細い道を走っていた。おまけにゴールデンウイークというのに雪まで降ってくる始末。困っている彼をあざ笑うかのように、雪は本降りになってくる。
ノーマルタイヤでは危険だな、と不安を感じ始めたときに、白く霞んだ向こうに鄙びた建物が見えた。看板には「山女の里」と書いてある。
地獄で仏に会った気分で、店へ入った。色白の醜女が「いらっしゃい」の一言もなく、突っ立ている。仕方なく「名物」と書いてある「山女定食」を頼むと、女は「待つよ」とだけ言い、奥に引っ込んだ。
注文してから優に1時間が過ぎたころ、やっと定食が運ばれてきた。ところが、山女の姿はどこにもない。頭にきて女を呼ぶと「山女はねえ」と平然と言う。「何故はじめに言わないんだ」と言い返すと「ねえんだから、しゃあんめえ」と言う。怒って店を出ようとすると、「金払え」と鬼の形相で怒鳴ってくる。
腹立ち紛れに金を投げつけて、店を後にした。
温泉宿に着いて、ことの顛末を若い女中さんに聞いてもう。
すると彼女は「私の家、奥Kですけど、雪なんか降ってませんでしたよ」しかも「あの辺に山女の里なんてあったかしら」と言われる始末。
「帰ってからネットで山女の里を調べたんだよ。他県の山女の里しかヒットしないんだよ」とため息をついてから「でも、財布の中から山女定食代800円は、なくなっていたのは確かなんだよなぁ」とシュンさんはグラスの冷酒をあおった。
肩を落とすシュンさんに1杯800円の雪中梅をおごってあげた。