【トゥー・ファー・トゥー・セイ・サヨナラ】#1
ブンブンブンブーン。ブンブブーン。エレベーターミュージックめいたインストゥルメンタル・ポップスが心地良く流れるバッターボックスにムネノリはエントリーした。両手に指抜き革グローブ。頭にはシアトル・マリナーズのメタルヘルメット。コインスロットにトークン投入!キャバァーン!
頭上ディスプレイに「あなたのスコアー」「全国ランキング52位」の青緑単色液晶パネル文字が点灯した。ムネノリは職人めいた眼差しでバットを構え、ヘラジカ型のピッチングマシーン、マリナー・ムースを睨んだ。やがてその腕が水車めいて回転。ボールが射出された。「キエーッ!」パコォン!最適タイミング!
「ホームランドスエ!」「ワー!スゴーイ!」ストココココピロペペー、トコトコテテテペウン!マリナー・ムースがさらにボール射出!「キエーッ!」パコォン!またもジャストタイミング!「ダブルホームランドスエ!」「ワー!スゴーイ!」……パコォン!「ターキードスエ!」「ワー!スゴーイ!」
「参りました」のカケジクがファンファーレと共にマリナー・ムースの前に降りてきた。「フー」ムネノリはバットを置き、ヘルメットを脱ぐと、胡麻塩頭の汗をタオルで拭った。いいスタートが切れている。この調子でいけば、もうすぐオンライン全国ランキング51位だ。精進せねば。
バッターボックスは緑のフェンスで仕切られている。各ボックスには他の客がスタンバイし、思い思いにバットを振る。「振り方がわからないよー」「こうだよ、こう」左隣、若いカップルが睦まじく遊戯する様に小馬鹿にした目線を送り、ムネノリは右隣を見る。右隣はピッチング・ゲーム・ボックスだ。
そこに立つのは背の高い男、左腕が右腕よりも明らかに長い。キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!スロットに何枚もトークンを投入した彼は、やや腰を落とし、不思議な投球姿勢を取る。ムネノリは眉根を寄せた。(((オイオイ、何だそれは)))
ムネノリは思わずそのさまを見守った。ガコーン!音を立て、バッターの形をした標的ボードが遠くに出現した。男は……投げた!「イヤーッ!」「エッ?」ムネノリは思わず声を出した。男が投げたのはボールでは無かったからだ。投擲物はバッター標的ボードを大きく外れ、ネットに突き刺さった。
「……」男は首を傾げ、肩を動かした。そしてまた投擲姿勢を取った。「……」ムネノリは上の空でバットを構え、もはやそのさまを注視していた。ガコーン!違う位置にバッター標的ボードが出現!「イヤーッ!」やはりボールでは無いなにかを投擲!ボードの端をかすめ、ネットに突き刺さった。
ガコーン!新たなバッター標的ボードが出現!その隣には審判標的ボードが出現!審判に当ててはいけない。「イヤーッ!」男は再びボールでは無いなにかを投擲!「……エッ!」ムネノリは目を見開き、息を呑んだ。バッター標的ボードの遥か上方の「振り子打法」と書かれた看板に突き刺さったそれは……スリケン?
ガコーン!バッター標的ボードが二つ同時に出現!「イヤーッ!イヤーッ!」男は二枚のスリケンを投擲!一枚は上方に、一枚は下方に外れた。「……」男は目を血走らせた。ムネノリは震えながらそのさまを凝視する。
ガコーン!更なる標的ボード!「イヤーッ!」右に外れる!ガコーン!「イヤーッ!」更に右に外れる!ガコーン!「イヤーッ!」残念!今度は左過ぎだ!ガコーン!「イヤーッ!」命中!?否、更にその隣のレーンのターゲットだ!ガコーン!「イヤーッ!」届かぬ!ターゲットとの中間地点に力なく落下!「アイエエエ……ニンジャ……?ニンジャナンデ……」ムネノリは顔を覆い、遣る瀬無い思いを堪えた。
「スゥーッ……ハァーッ」男は肩で息をした。長い左腕を己の胸に当て、心を鎮めようとしている。ムネノリの目線は男に釘付けだ。辛い。とても辛いが目が離せない。ガコーン!ガコーン!ガコーン!三列に並んだバッター標的ボードが出現した!「……イヤーッ!」男はスリケンを投擲!
スリケンは、男の足元の地面に突き刺さった。手から離れなかったのだ。男はがっくりと肩を落とすと、俯きつつナメクジめいてゆっくりとボックスを後にした。「アイエエエ……」ムネノリは心が張り裂けるような気持ちになり、思わず落涙した。
【トゥー・ファー・トゥー・セイ・サヨナラ】#1終わり #2に続く
イチロー=サン、ラブ・リスペクト・ラブな。