【ウィズ・カタナ・スシ・アンド・ヒダル】エピローグ#1

一ヶ月後、タケミツはドージョーで客と向き合って正座していた。ドージョー内には真新しい木人や巻藁が整然と並べられ、壁には「克己心」「負けぬ」「辞め時が掴めない」「ローマを作るには大分時間がかかった」等の警句が入門者を奮い立たせる。

オウガジェイラーとの一戦後、タケミツは寂れたイアイドージョーを無料同然で貰い受けた。無法者オウガジェイラーを討ち取ったタケミツの勇名を慕い、瞬く間に弟子入り志願者が近隣から押し寄せ、連日ドージョーは大賑わいであった。

しかし、今日ドージョーは静かである。天井のミヤモト・マサシの肖像画が見守るのは二人のみ。「ドーモ、ヒダル・ニンジャ=サン、ムトー・タケミツです」紋付袴のタケミツが恭しくアイサツした。「ドーモ、ムトー・タケミツ=サン、ヒダル・ニンジャです」ボロボロのニンジャ装束を着たリアルニンジャが鷹揚にアイサツを返した。

「ムトー=サン、先のオウガジェイラー=サンとのイクサ、見届けておった。見事な無刀イアイのワザマエ。胆力、経験も申し分無し。最早貴公がカイデンすることに異を唱える者はおるまい。これより先は無刀のニンジャ、ムトー・ニンジャと名乗られよ」ヒダル・ニンジャは傍のチャワンにチャを注いでタケミツに勧めた。無骨にひび割れた、しかしワビサビを内包した見事なチャワンであった。

「勿体ないお言葉です。我、浅学非才、未だ心のカラテ足らず。カイデンは尚早でござる」「そこをなんとか」「いいえ結構。悪いです」「あまりしつこいのは良くない」「そこまで仰るなら」

古事記に記されている通り、二度断って奥ゆかしさを見せた後、タケミツはチャワンを二度回して飲んだ。

チャが喉を通る内、タケミツは昔のことを思い出した。剣の師である父に反発し、故郷を飛び出した遠い日。ニンジャ剣士に弟子入りし、無我夢中でイアイを収める内、百年は忽ちに過ぎた。

その後、各地を廻国修行。数多の他流試合、邪悪ニンジャとの決闘。親や友の顔も今はおぼろげ。別れ、出会い、そしてヒダル・ニンジャと出会い、

そしてスシを食いっぱぐれ、空きっ腹で放浪し、危うく餓死寸前に……。

「結構なお点前で」僅かにチャを残したチャワンを恭しく返したムトー・ニンジャは、暫し黙った。そして、「デアエ!デアエ!」と叫んだ。

「「「「「応!」」」」掛け声に応じて、カオルや十数人の弟子たちが物陰から飛び出した。全員が塩壺を持っている!

「オニハソトー!」「オニハソトイヤーッ!」「オニハソトイヤーッ!」「アイエグワーッ!」カオルと弟子たちは狼狽えるヒダル・ニンジャを取り囲み、嫌というほど清めの粗塩を投げかけた。塩には魔除けの効果があることは、日本社会では周知の事実だ!

「ワッハッハッハッハ!」ムトー・ニンジャは己も塩まみれになることも意に介さず大口を開けて笑い転げる!

「ワッハッハグワーッ!?」口の中に塊になった塩がブルズアイ!ムトー・ニンジャは苦しみ悶えた。

【ウィズ・カタナ・スシ・アンド・ヒダル】エピローグ#1終わり エピローグ2に続く







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