『堕武者狩りのセン』 第1部第1話 【ウェルカム・トゥ・ケショウシティ】

200X年8月16日午前4時44分

芥子陽市 北端 道祖寺山頂上付近

己の指先も見えぬほどの暗闇の中、場違いに明るい色のテントが一つ。ザッ……、ザッ……。乾いた落ち葉を踏みしめ、テントに近づく足音が一つ。テントの主がトイレから帰ったのだろうか?違う。絶対に違う。

足音の主が時代劇めいた菅笠と旅羽織を身につけているからだろうか。否、芥子陽市は現在空前の時代劇ブームだ。和服やインバネスコートで出歩く市民などありふれている。では、腰に三尺の太刀を佩いているからだろうか。否、芥子陽市では銃刀法が適用されていない。刃物や銃や弓を持ち歩いている市民などありふれている。

来訪者を怪しむべき点は他にある。2m50cm近い異常長身、ミイラのように干からびた肌、決して満たされぬ飢えに輝く瞳、よく見れば菅笠と旅羽織も異様にボロボロだ。そして何より、その全身から立ち込める重々しい空気だ。まるで世界の全てを地獄に引きずり込まんとするようだ。

それは歪んだ人間の霊魂の成れの果て、太古より芥子陽の住民を恐怖させてきた化生の物、「堕武者」である。

ザッ……ザッ……。堕武者は歩を進め、テントの前で立ち止まった。鼻を鳴らし、テントの中の臭いを嗅ぐそぶりをした後、腰を落として太刀の柄を握った。このまま堕武者が太刀を抜き打てば、テントは住人諸共に両断されるだろう。何故、という問いはナンセンスだ。鳥が飛び、魚が泳ぐのと同様、堕武者は人を殺し喰らう。

その時!「失礼します!」後ろからの凛とした声!堕武者は半ば抜きかけていた太刀を納めつつ機敏に振り向いた。

人影が近づいてきていた。紺の剣道着に、二尺三寸の刀を差した小柄な人影が、無造作に、あまりにも無造作に異形に近づき、恭しく何かを差し出した。

名刺である。

『堕武者狩りのセン 電話番号090-××××-▲▲▲▲』

それを見た堕武者は、長身を屈めて名刺を受け取ると、懐から取り出した革の名刺入れに丁寧にしまった。そして自らも名刺を取り出し、センに差し出した。

『堕武者 鬼部 斬人課 第二係 人斬り愉兵衛 電話番号444-荳?莠御ク牙屁-莠泌?荳??』

名刺交換の儀である!相手が何者であるかを理解し、かつ己が何者であるかを相手に端的に伝える非常に重要な儀式である!相手が相容れぬ存在であっても、否、相容れぬからこそ絶対に不可侵の儀式!

センはじっくりと名刺を眺めると、懐から取り出した名刺入れに恭しくしまった。

0.3秒後!両者同時に抜刀!闇の中に白い火花が散った!

センは愉兵衛の背後にふわりと着地し、そのまま後ろも見ずに歩き始めた。首を刎ねられた愉兵衛は暫しフラフラと揺れていたが、やがて地響きを立てて前のめりに倒れこんだ。一拍子置いて、菅笠を被った首が地に叩きつけられた。

………………

センは斜面の上から市街を見下ろしていた。早朝にも関わらず、なお煌々と明るい街並み。人口200万人、歴史とテクノロジーが、文明と魔術が交差する世界都市、芥子陽。ここならば悲願である名刺交換千枚枚の儀達成の望みも有ろう。

センは鯉口を切りつつ斜面を滑り降りる。斜面の下から、数名の堕武者が武器を構えてセンの方に歩み寄って来た。

『堕武者狩りのセン』 第1部第1話 【ウェルカム・トゥ・ケショウシティ】完





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