【ラーン・ザ・トラディショナル・ニンジャ・カルチャー】#1
Ping-Pang♪
インターフォンを押したタンクトップにハーフパンツの少年は、住人の返答を待つことなくガラガラと引き戸を開けて屋内にエントリーした。鍵がかかっている可能性は微塵も考慮していない。奥の工房に向かって大声で呼ばわる。「ゴン爺!ゴン爺=サン!いるかい!?」
あまり奥ゆかしいとは言えない行動だが、それを咎める者はこのウジ・ヴィルには誰もいない。ウジ・ヴィルは広義にはキョート・アッパーガイオンに属する地域だが、そのアトモスフィア、カルチャーは大きく異なる。
ウジ・ヴィルはガイオン開発計画から取り残された外縁部に位置する。インフラ面は大きく遅れており、ネット環境が整備されたのも月破砕から数年が経ってからだ。
それでも、ウジ・ヴィルの住人は減ることなく、むしろ僅かずつではあるが増加を続けている。
美しい空、美しい空気、美しい水、そして素朴で開け広げな人間関係。ガイオン開発から取り残されたこの村は、逆に日本の伝統文化の一側面を保存する役目を担っているのだ。
「ゴン爺!いないのかい!?」「ウルセェなぁ、いるよいるよ!昼寝してただけさ!」寝癖だらけの頭を掻きながら工房から出てきたのは、紺地に白で「爺」のカンジを染め抜いた作務衣を着た、初老の鍛冶屋だった。褐色の肌と、「ゴンザロ・G・サンチェス」の本名は、彼のルーツが南米にあることを示唆している。
「ソラ、ヨリミチ=サン、お前のオヤジに頼まれてたサイバー馬の蹄鉄だ!真っ直ぐ家に帰るんだぞ!」ゴンザロが少年にフロシキを手渡す。
「ゴン爺!オダチンおくれよ!アイス食いてえ!」「向こうの冷蔵庫に入ってるよ!……ったく、しょうがねぇガキだな……ミチナガ=サンもいってえどんな教育したんだか……」灰色がかった白髪混じりの頭を掻きつつ、ゴンザロは完璧な日本語アクセントで悪態をつく。
彼が初めてウジ・ヴィルを訪れた時には、数名の村人がその人種的差異を嫌ってムラハチにしようと試みた。しかし、ゴンザロの作るカマやスキやドナベ、サイバー馬蹄鉄の質の高さ、なによりゴンザロ自身の露悪的ながら暖かな心に惹かれた村人たちは自然と彼を受け入れていった。現在のゴンザロの一番の取引先かつ飲み友達は、かつてムラハチ計画の首謀者だったミチナガである。
Knock Knock! Knock Knock!新たな来訪者が引き戸をノックする。村人ならばこんなことはしない。余所者だ。
「ハイドウゾー」「ゴメンクダサイー!」きついアメリカ訛りのある日本語でアイサツしつつ入ってきたのは、ゴンザロの予想通り外国人旅行客だった。
角ばった印象を与える面長の顔、短く刈り込んだ金髪、見る物全てが珍しいと言わんばかりに輝く小さな青い瞳、黒地に白で「刃物が大好き」とショドーされた長袖Tシャツ。背には大きなリュックサック。左手に提げた杖は太く長いが、バックパッカーの護身具と考えれば不自然というほどではない。歳は20代後半だろうか。
「ドーモ!ハジメマシテ!ワターシはエドガー・スミソンです!」エドガーは65度近く深々とオジギしつつ名乗った。
「ドーモ、はじめまして スミソン=サン、ゴンザロ・サンチェスです。……何しに来たの?」ゴンザロは15度程度頭を下げてエシャクしつつ、訝しげに尋ねる。
「サンチェス=サン、ワターシをデシにしてください!」エドガーが懐からいそいそと海老茶色の手帳を取り出し、ゴンザロに開いて見せる。数ヶ月前にゴンザロが受けたインタビュー記事だ。
「カタナ職人からの転身」「平和な日用品」「人々の暮らしを支える」……記事の扱いはさほど大きくない。当然だ。読者がより熱心に読むのは、謎のハッカーYCNANのスカム伝記記事や、ジェット・ヤマガタとジョニー・クルーニーのW主演映画のグラビアポスターや、タマリバーのラッコ特集記事の方だ。ゴンザロ本人でさえ、今の今までインタビューのことなどすっかり忘れていたほどだ。
「なんだい、エドガー=サンはカタナ鍛治になりたいのか?だったら他を……」
「ノーノーノー!ワターシはカマやクワなど平和な農作業道具作りを通して日本の文化をマナービたいのです!」
エドガーの表情に暗い翳がさす。ゴンザロが返事をしようとした、その時!
「アイエエ!」頭上で悲鳴と、屋根を滑り屋根から落ちる音!ナムサン!大人の会話に飽きたヨリミチがこっそりと屋根の上に遊びに登り、そして足を滑らせたのだ!
ゴンザロの主観時間が泥めいて鈍化!エドガーの肩越しに見えるのは開け放たれた引き戸、そしてゆっくりと落下していくヨリミチの身体!このまま地面に叩きつけられれば、大怪我は必至!
「イヤーッ!」裂帛のシャウト!そして砂埃がゴンザロの視界を覆う。砂埃が収まる。引き戸の向こうにはヨリミチの身体、そして、それを抱きとめるエドガー!ゴウランガ!両者共に無傷!
「アーンアーン!怖かったよー!」火のついたように泣きわめくヨリミチ。「Oh,ボーイ、泣かないで…ケガが無くてホントに良かったデース!」ヨリミチの頭を撫でるエドガー。ゴンザロには背を向けており、表情がわからない。
玄関から引き戸の向こうまでは数メートルある。……移動したのか?……振り返りざまに?……コンマ数秒で?
「オーウ、ヨリミチ=サン、泣かないで……私まで泣きたくなってしまいマース……」右手でオロオロとヨリミチの頭を撫でながらも、左手は護身杖を手放していない。
万が一、後ろから銃で撃たれようとも振り返りざまの杖の一振りで、エドガーは苦もなく弾丸を弾き飛ばすだろう。
ゴンザロの経験が告げる。エドガー・スミソンはニンジャだ。それも相当なタツジンである。そんな彼が一体なんのためにこんな山村へ……?
「オーウ、泣かないでクダサーイ……アップップー!ベロベロバーッ!」「アーンアーン!」……ヨリミチはまだ泣き止まない。
【ラーン・ザ・トラディショナル・ニンジャ・カルチャー】#1終わり #2に続く 。
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