(短編小説)親愛なるあなたへ〜「小料理屋しづ」の日々〜<第2話>
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親愛なるあなたへ〜「小料理屋しづ」の日々〜 <第2話>
翌日の水曜日、口開けのお客さまは小倉さんだった。後を追う様に繁さんも来店される。
今日も繁さんはお野菜をメインに数種頼まれ、つまみながらビールを空けて、冷酒「秀鳳 純米大吟醸」を傾ける。
秀鳳は山形の秀鳳酒造場が造る日本酒である。仕込み水には蔵王山系の雪解け水が使われていて、お米は出羽燦々を100パーセント使用する。フルーツを思わせる華やかな香りがあり、甘さが心地よい一品である。
小倉さんはやはりお魚だ。お造り盛り合わせから始まり、鯖の味噌煮、戻り鰹のたたきと続く。お飲物は芋焼酎の水割りを好まれる。今日は「三岳」だ。
三岳は鹿児島県屋久島での三岳酒造で醸されている。日本名水百選にも選定される、杉の原生林で濾過された豊かな水で育まれる。上品な芋の香りがふわりと立ち上がり、だが澄んだ味わいなので、すぅっと飲めてしまうのである。
志津が厨房の小さな置き時計に目をやると、もうすぐ18時になろうとしていた。
お店の開き戸が威勢よく開いた。
「こんばんはー」
ご常連の高柳さんだ。志津とあまり歳の変わらない男性である。独身のおひとり暮らしだ。身体に余分な脂肪は付いておらず、すらりとした体型にスーツが良く似合っている。
黒い髪は短く刈り上げ、爽やかな笑顔を浮かべながら高柳さんは繁さんの横に掛けた。
「繁さん小倉さん、こんばんは」
「はい、こんばんは」
「はいはい。相変わらずうるさいねぇ」
小倉さんは顔をしかめながらそんなことを言うが、本当に迷惑がっているわけでは無い。
志津が冷たいおしぼりをお渡しすると、すぐにご注文が入った。
「白州の炭酸割りください」
「はい。お待ちくださいね」
志津がタンブラーを出すと、小倉さんが「やだねぇ」と呆れた様な声を出す。
「またそんなええウイスキーを炭酸で割るやなんて、ほんまに子ども舌やねんから」
そんな悪態に高柳さんは気を悪くする風も無く、おかしそうに「わはは」と笑っている。
サントリーの白州は、確かに高級ウイスキーの部類に入る。フレッシュかつスモーキーな香りがほのかに漂い、軽くキレの良い味わいの逸品である。
「いやぁ、僕はおふたりみたいに毎日来られへんですから、ちょっとでもこう、志津さんにええ印象を持ってもらおうと思ってですね」
「また悪い虫が出て来たか」
高柳さんの台詞を、また小倉さんが忌々しそうに吐き捨てた。繁さんは何処吹く風という風に「はっはっは」と笑っている。
志津はタンブラーに氷を詰め、白州を入れて、きんと冷えた炭酸水を注いでステアした。
「はい、白州の炭酸割り、お待たせしました」
高柳さんにタンブラーを手渡すと、高柳さんは嬉しそうに口角を上げた。
「ありがとう志津さん。今日もとてもお綺麗ですね」
「ありがとうございます」
志津は高柳さんのご冗談をにっこりと受け流した。
高柳さんはビールの苦味が苦手で、ハイボールを好まれている。頼まれる料理もたこ焼きやお肉料理が多いので、小倉さんの言う通り「子ども舌」なのかも知れない。
「ええっと、まずはたこ焼き6個とだし巻き卵ください」
「はい。お待ちくださいね」
まずはたこ焼きの準備。火を通している間にだし巻き卵に取り掛かる。
卵を割ってお出汁とお塩を加え、卵焼き器で焼いて行く。最後に卵焼き器の角を使って形を整えて完成だ。角皿にぷるんと移し、大根おろしを添えた。
「はい、だし巻き卵、お待たせしました」
「ありがとうございます。今日も志津さんの料理が食べられるなんて、ほんまに幸せです」
また軽口を言う高柳さんを「ありがとうございます」と笑顔でいなし、すかさず固まり始めたたこ焼きを返して行く。するとぼちぼちと他のご常連もお顔を出され始めた。
「いらっしゃいませ」
志津は精一杯の笑顔でお迎えした。