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(短編小説)バーの特別焼きうどん<後編>
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バーの特別焼きうどん <後編>
紗江李はジャック・ダニエルのハイボールをちびりと傾ける。しゅわしゅわと爽やかな飲み心地。その中にジャック・ダニエルの濃厚な癖が調和している。ついにんまりと口角を上げてしまった。
そうして紗江李はボトルに着けたくまのぬいぐるみチャームをいじる。
最初にボトルキープをした時には、白インクのマジックでボトルに名前を書いたのだが、それだけだと棚に置いた時に分かりにくい。
なにせ何10本、いや、100本以上のボトルがあるのだ。何か特徴があると良いと他のご常連に教えてもらい、駅前の雑貨屋さんで見繕って来た。
それをボトルの首に結わえると、一目で紗江李のボトルと分かる様になった。
それから何本もボトルを入れ替え、名前も書いて来たが、くまチャームは引き継いで来た。
やがてマスターさんが奥から白いお皿を片手に戻って来た。そのお皿が紗江李の前に割り箸とともにそっと置かれる。
「焼きうどん醤油味、お待たせしました」
「ありがとうございます」
ふぅわりと上がる湯気が、お醤油の香ばしさを鼻腔に連れて来て、たっぷりと乗せた削り節を踊らせる。ぱらりと振られた青のりが鮮やかだ。
紗江李はさっそく割り箸を割る。
「いただきます」
手を合わせ、まずはベジファーストだと、ざく切りにされたきゃべつと短冊切りの人参を重ねて口に入れた。
しんなりとしゃきしゃきの間。しっかりと火が通っているのに歯ごたえは損なわれず、きゃべつと人参の甘みがしっかりと感じられる。
「マルハル」の焼きうどんは、お醤油味とソース味を選ぶことができる。紗江李はその日の気分で決めていて、今日はお醤油の気分だったのだ。
お醤油味ではあるのだが、隠し味になっているウスターソースとケチャップの複雑さが感じられる。あっさりとしたお醤油にうまく紛れているのだ。
それがコクにもなっていて、深みを生み出している。
削り節も味のひとつになっていて、豊かな旨味が感じられた。
うどんにもしっかりと味が回っていて、つるりと口に運ぶと、うどんの持つ小麦の甘みと合わさって、良い味わいだ。こしもしっかりあって、噛みごたえだって充分だ。
他の具は一口大の豚ばら肉と輪切りにしたちくわ、太い千切りのピーマンにざく切りの万能ねぎと具沢山だ。豚ばら肉やちくわからも味が出ているのだろう。やわらかな旨味が口に馴染む。
いろいろな具のおかげで、食べるたびに味が変わるので楽しい。
ハイボールを挟みつつ、紗江李は黙々と焼きうどんを食べ進めて行く。
自分で家で同じ材料で作っても、どうしてもこの味にならない。調味料のブランドなどの違いもあるのだろうが、やはりこうしたお店で、「マルハル」で食べているという特別感が、味をさらに引き上げているのだろう。
壁に貼られているフードメニューには「焼きうどん(醤油かソース)」と書かれているだけなのだが、紗江李はこっそりと「バーの特別焼きうどん」と呼んでいる。
お皿を綺麗に空にし、ハイボールをぐいと飲み干す。からんと氷がぶつかる音を立てながらグラスを置いて、紗江李は「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
「ふぅ」
満足げな息を吐く。乾いた喉を冷水で癒し、しゅわっと清涼感のあるハイボールを飲みながら、美味なるお醤油焼きうどんで程よくお腹を満たす。
最高だ。至福のひとときだ。紗江李はついついお腹をさすってしまった。
「マスターさん、水割りのセットお願いします」
「はい。かしこまりました」
マスターさんが空のお皿とタンブラーを引き上げ、新しいタンブラーと氷が満たされたアイスペール、ミネラルウォーターの瓶を手早く用意してくれる。
続けてそっと出してくれるのは、いわゆるお通しだ。小振りなお皿にクラッカーとチーズ、サラミが盛り付けられている。シンプルながらも洋酒に合う一品だ。
本来なら来店してすぐに出されるものなのだが、紗江李のルーチンを心得ているマスターさんは、紗江李が焼きうどんを頼むと、食べ終えてお酒のターンに入る時に出してくれるのだ。
マスターさんが滑らかな手付きで水割りを作ってくれる。マスターさんが作ると濃いめの水割りになる。だがそれが水割りウィスキーを美味しく味わえるのだと、マスターさんは言う。
透明感のある淡い琥珀色に染まったタンブラーを「どうぞ」とコースターに置いてくれた。
「マルハル」で使用する氷は氷屋さんから仕入れていて、透明度が高い。不純物が少ないのだ。それで作る水割りやロックは最大限にウィスキーが味わえる。少なくとも紗江李が知る中では、最上のウィスキーが飲めるのが「マルハル」なのだ。
「ありがとうございます」
そっと口を付け、その癖のある美味しさにも紗江李は唸ったのだった。
終わり。お付き合いくださり、ありがとうございました!
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