”自由研究”って何であるんだろう?
夏の風物詩の1つ ” 自由研究 ”
学校の夏休みも折り返しの時期で、
「自由研究何しようか全然決まってない!」
となってる人、そんな経験をしたことある人も多いんじゃないでしょうか。
今回はそんな自由研究について、タマちゃんのちょっとしたつぶやきです…
実は教科になっていた時期もあった!?
戦後初めて出された昭和22年の学習指導要領には、「自由研究」という教科が新設されました。
※文部科学省ホームページより抜粋https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317741.htm
ただ内容は
「児童の自発的な活動を促すために、教師の指導の下に児童がそれぞれの興味と能力に応じて、教科の発展として行う活動や学年の区別なく同好の者が集まって行うクラブ活動などを行う時間として設けた」
ものであり、実際にどんなことが行われていたかは不明確で、学校の裁量に任されていたとのことです。
今の”自由研究”とは制度も毛色も違いますよね。
ちなみに4年後の学習指導要領では解消されて、以後は教科の登場なし…
では今の学習指導要領での立場は?
現在の学習指導要領では”自由研究”については規定されず、そもそも自由研究を課すか、どんな形式・内容・量を課すのかは学校や地域に任されています。
中には市町村や団体が主催するコンクールに出すことが目的になっていることも少なくはないみたいです。
改めて”自由”の意味を考えたい
「今から自由に何かをしてください」
・・・え?ってなりますよね
少なくともタマちゃんはフリーズします笑
”自由”って言葉、何でもしてよくて開放的ないい意味で捉えられることが多いですが、実際にそれをしようとすると制限がなくて困ってしまいますよね
逆に制限が、例えば「宇宙について調べてきてください」とかテーマがあらかじめ設定されていたり、「○○科学館のコンクールに出展します」とかゴールが決められていたり、そんなのがあればやりやすいですよね。
でも、制限があると自由度は失われてしまいます。そもそもあまり興味のないテーマは調べる意欲はわきませんし、コンクールを目指すとなるとクオリティや見栄を求めてしまいます。
自由研究は制限がない”自由”だからこそ意味があると思う
”自由”だからこそやりたいことが見つからないのは珍しいことじゃない、当たり前のこと
ではないでしょうか?だから世の中には「夏休みの自由研究のネタ本・ネタ記事」がたくさんあって、需要がある。これらを使わない手はないです。
タマちゃんはこう思います、”自由研究”の意義
自由研究の内容でも、その結果でもありません
「自分って何が好きなんだろうか?」
自分に素直になってみること
そして自分自身で、あるいは保護者・家族と一緒にたくさん、あれでもないこれでもないと悩んで、
「自分はこれやってみようかな」
と自分で選択していく、そのプロセスこそ価値がある、そう考えています。
ぜひ、
子どもも大人もほったらかしの「自由」な「研究」
から
「自」分で選んだことに「由」来する「研究」
へ
楽しい体験がたくさんできる夏休み、宿題はたくさんあって大変だと思いますが、1つぐらい宿題をワクワクした楽しいものにしてみてはいかがでしょうか