【初級編】「自分はなぜ、やる気が出ない?」が分かる③ ~学習性無力感~
さて、「達成動機づけ(やる気)」に着目して、シリーズで記事を書いておりますが。
なぜ「やる気が出ない」のか、今回は「学習性無力感」についてお話しします。
「学習性無力感」とは?
「学習性無力感」というのは、以下のような考え方です。
無力感に陥って自分から何もしなくなるのは、その人がもともと「やる気のない」人間というわけではなく、経験によって学習された結果である
つまり「やる気が出ない」とか「無力感に陥る」というのは、その人が生まれ持った性質ではなく、後天的に獲得されたもの、ということですね。
「学習性無力感」を証明する有名な実験
この学習性無力感を証明するために、セリグマンという人が行った実験があります。
実験内容は以下のようなものです。
※不快な感情を与えてしまう内容が含まれておりますので、苦手な方は読み飛ばしてください
一群のイヌをハンモックに吊るし、自分がどのような行動を行っても逃れることのできない電撃を繰り返し与える(逃避不能群)
もう一方の群のイヌは、同じようにハンモックに吊るされ同じだけの電撃を受けるが、パネルを押すことで電撃を切ることができる(逃避可能群)
これらのイヌは、電撃を受けた24時間後に、別の学習課題を行う
→「合図のあとしばらくして床から電撃が来るが、自分の肩くらいの高さの障壁を飛び越して隣の部屋に移れば、電撃を受けずに済む」という学習課題
逃避可能群のイヌは、この学習課題によって、合図があればすぐに隣の部屋に飛び移り、電撃を回避するようになる
→この学習の素早さは、電撃を受けるという経験をしていないイヌ(対照群)と変わらない
一方で逃避不能群のイヌは、合図があっても、自分から何も行動を起こそうとせず、ただじっとうずくまっていた(電撃を回避することができると分かっているのに、電撃を受ける選択をした)
この実験から、セリグマンは、逃避不能群のイヌは、
「自分の行動と自分が望んでいる結果との間には何の関係もない」という、
行動と結果との非随伴性認知を持つようになったために、
自分から行動を自発せず無気力になったのだ、と主張しました。
ようは、ハンモックに吊るされて、どうあがいても電撃をよけられないという経験が、
その後の人生(犬生?)における自発的な行動を妨げている、ということです。
セリグマンが考える「無気力」の本質
セリグマンによれば、無気力の本質は
「自分の行動と結果との間には関係がない」という考え方にある
ということになります。
それならば、モノの考え方を変えることで、やる気を出せるような気がしますよね。
この実験を「勉強のやる気が出ない」生徒に当てはめると
この実験を学校場面に当てはめて考えると、
学習意欲が低下し、無気力になっている生徒は、もともと「なまけもの」というわけではない
ただ、「自分が勉強すること(行動)」と、「良い成績を取ることや、勉強内容が分かるようになること(結果)」との間には、何の関係もない、という考え方を持っているために、自分から勉強しなくなっている
ということになります。
人がコンピューターゲームにハマるわけ
ついでに、非随伴性認知に関連してちょっと話をすると、
子どもがコンピューターゲームに夢中になる要因の一つは
コンピューターゲームは随伴性がはっきりしている
という点にあります。
つまり、やればやるだけのことがある、ということですね。
敵を倒すほどレベルがあがったり、時間を費やすほどストーリーが進んで行ったり、
自分の行動と結果との間には、はっきりと目に見える関係性がありますよね。
逆に、いくら時間をかけても敵を倒せなかったり、ストーリーが進まなかったりすると
途中でゲームを投げ出したりします。
つまり、私たちは、コンピューターゲームそのものというよりも、コンピューターゲームが持つ
随伴性に夢中になっているということです。
「失敗をたくさん経験したら無気力になる」は間違い
さらに、セリグマンの学習性無力感の実験の面白い点は
何度も電撃を受けたとしても、電撃を自分の行動によって終わらせることができたイヌは、無力感に陥らなかった
ということです。
つまり、望ましくない嫌な出来事をたくさん経験しても、それは無気力状態を生まないということです。
重要なのは、嫌な出来事と自分が起こす行動との間に関係性があるのか、ということです。
算数嫌いの子にある「訓練」を行った実験
この考えを踏まえて、デゥウェックが、ある実験を行います。
簡単に言うと、算数嫌いで、「算数なんてどうせできない」と無気力になっている子どもたちを集め、
「問題に失敗するのは、自分の努力が足りなかったからだ」ということを、
実際に失敗を経験させながら強調する訓練を行う、というもの。
つまり、嫌なできごと(算数の問題が解けないこと)と、
自分の起こす行動(努力して算数を勉強すること)との間に関係性があるんだよ、ということを
強調して伝えていくわけですね。
具体的には、以下のような内容です。
算数嫌いで、特に無気力と思われる子ども12人を集め、6名ずつ2つのグループ(成功体験群と再帰属群)に分ける
訓練では、算数の問題練習を毎日15回行う。そのうち1回は、1分内になるべく多く問題を解くように指示される。この時、毎回定められる基準の数よりも多く解けば成功となる。
(例えば、1分内で10問以上解ければ成功とか)
成功体験群の子どもたちは、基準がやや低めに設定され、毎回成功できるようになっている
→たくさん成功させて自信をつける狙い
再帰属群の子どもたちは、基準がやや高めで2、3回は失敗するようになっている
→そのとき実験者は、「がんばりが足りなくて失敗してしまったのだ」と強調する
こうした訓練を25日間行っていき、訓練期間の前・最中・後とで、あきらめやすさを調べていきます。
この実験では、「正答率の低下量」を、あきらめやすさの指標としています。
あきらめやすさを測るためにおこなった実験は、以下のような感じです。
まず子どもたちに算数のテスト(A)を行い、次に別の算数の問題を解くよう指示されるが、難しい問題がわざと入っており、失敗を経験させられる。
その失敗経験の後に、先ほどと同じテスト(A)を行い、結果を比較する
算数が苦手で、やる気を失っている子どもたちは、通常は、
失敗を経験するとその後のテスト成績が低下してしまいます。
つまり、少し前にできていた問題すらできなくなってしまうわけです。
成功体験群と再帰属群とで、テストAの正答率低下量を測定した結果は、
成功体験群では、正答率低下量に変化は見られなかった
再帰属群では、明らかに正答率低下量が減少しており、あきらめやすさが減り、粘り強く課題に取り組むようになった
このことから、一度失敗すると、あきらめやすくなり、
以前できていた問題もできなくなってしまう傾向にあった子どもたちが、
「訓練」によって、失敗してもあきらめずに、自分の力を発揮できるようになったことが分かります。
まとめ
簡単にまとめると
無力感とは、経験によって学習された結果である
行動と結果との非随伴性認知を与えるような経験が、人を無気力にさせる
学校教育にあてはめると、「自分が勉強すること(行動)」と、「良い成績を取ることや、勉強内容が分かるようになること(結果)」との間には、何の関係もない、という考え方を持っているために、自分から勉強しなくなっている
嫌な出来事をたくさん経験しても、それが無気力状態を生むわけではない。重要なのは、嫌な出来事と自分が起こす行動との間に関係性があるのかという点のみである。
行動と結果との随伴性認知を与えるような経験によって、子どもたちは、失敗してもあきらめずに、自分の力を発揮できるようになる
というわけで、勉強意欲がない生徒に対しては、
行動と結果との非随伴性認知を持っているかどうかを確認する
失敗を経験しながらでも良いから、行動と結果との随伴性認知を与えるような経験を繰り返し与えていく
という、非常にシンプルな対策が考えられそうです。ただ、その際には、
「どう頑張れば成績を伸ばせるか」を具体的に提示することが必須条件になるでしょう。
参考文献
「やさしい教育心理学 第五版」
著者:鎌原雅彦・竹綱誠一郎
出版:有斐閣アルマ
「学習意欲の理論ー動機づけの教育心理学」
著者:鹿毛雅治
出版:金子書房
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