1000文字小説 クローゼットは口を開く
目を覚ますと、すでに10時を回っていた。窓の外で、柔らかい陽の光に照らされたワイシャツが静かに揺れている。もう時期すると布団から出るのも気が重くなるのだろうと思いつつ、僕はひんやりとしたフローリングに足を下ろした。
僕は平日の休暇を堪能するために、寝る前にお出かけ先をあれこれ考えていた。しかし、時計の時刻を見た途端、今日が平凡に何事もなくすぎていくのかと落胆してしまった。
僕は歯をみがいて顔を洗い、髪型を整えた。時間に追われない朝は久しぶりだった。家の中でじっとしていることがもったいなく思い、とりあえず外出できる身なりに整えようとした。クローゼットを開け、モスグリーンの薄手のタートルネックと、灰色のジャケットとパンツの上下セットを取り出した。誰と会うわけでもない日の無難なコーディネートにしようとした。
「地味ねぇ」と30代後半から40代前半の女性をイメージさせる声がした。慌てて後ろを振り返っても誰もいない。クローゼットの中にも人はいなかった。季節の変わり目で疲れているのだろうか。
「『何も楽しみがないです、僕』って言いたげな服装ね」
僕の右から、小さな鏡がついているところから声がした。鏡の中から声がすることなどありえないが、それでも僕ははっきりとそこから声を聞いた。
鏡をじっと見ると、もちろん僕の顔が映っているのだが、顔つきが僕の今の表情とはかけ離れていた。
「ハロー、やっと気づいた?毎日気が滅入りそうな服を見せられる気持ち、あなたにわかるかしら?」と鏡の中の僕は、僕を小馬鹿にしながら話す。
「いつからそこにいたんだ」と僕が尋ねると、鏡の僕は呆れた顔をした。
「あなたが生まれた時から私はここにいたわよ」
「僕が生まれた時から」
「とは言っても、生まれたばかりのあなたは私を知らなかったし、あなたが大きくなるにつれて私を知り始めたの」
知り始めた、という言葉が引っかかった。まるで現在進行形で僕が鏡の僕を理解しつつあるような言い方だった。
「本当は革ジャンや派手な色のジャケットを着たい、でも僕には似合わないから、今日も無難な色を着る」
鏡の僕は僕のマネを始めた。
「悪目立ちしないし、オシャレでなくても清潔感のある感じ、うんうん、僕にぴったり」
「それが僕だと」
「とってもつまらないあなたよ」
鏡の僕はあくびをしている。
「僕はどうすればいいんだ」
「さぁね」
鏡の僕は、向こうの世界に姿を消してしまった。