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小さな幸せが地球を救う、かもしれないと思う朝。
なぜだかわからないが
母、祖父を10代で
祖母を30代、父を40代で見送った。
そこから思ったことは
死ぬときはみな家族ととも、だということ。
どんなに業績を残しても
死に際してともにできるのは家族だけだ。
父は仕事大好きで
社員たちを子どものように思っていると言っていた。
母を亡くしたあと、家の中が真っ暗闇になったときから
父とは分離、、、というか
恨んだり天敵だと思ったり
うまくいかなかった時期が長かったので
この言葉を聞いた時は、深く心に刺すような痛みがあった。
彼は二人で創業した会社を大きくして
大企業にM&Aに出し、
会長職についてから思うようにならず
いつも怒っていたと聞いた。
でもそんな父も
ガンで逝く時に看取ったのは家族だけであった。
彼に一度、なぜそんなに仕事が大事なのかと聞いたとき
それは母とみたビジョンだからだ、と言った。
それほど深く母を愛していたけれど
じゃあ、家族の時間は幸せな時間が多かったかというと
そうでもない。
どこの家庭でも、仕事か家庭かというひっぱりあいは起こるし
母たちにいたっては
子育てかキャリアかということによくなる。
これはこの国に特徴的な事象なのかどうなのかわからないけれど
周りをみてもそれは多い。
ちょっと引いてこの世界をみると
人間の活動は、「経済」というものを優先するために
「人新生」と言われるほどに地球環境に影響を及ぼしているし、
下手すると、人類が滅亡しかねない。
そして、それがわかっているのにやめられないというかっぱえびせんの魔力のような「経済優先」みたいな思考にやられてはいまいかと思う。
いっぽうで、いま田舎に住み、身の丈の幸せで
暮らしているひとたちがまわりに多く
パンをやいたり
お料理を提供したり
コーヒーを焙煎していれたりということで
営んでいる友人たちをみると
そこに深い豊かさを感じることが多い。
なかには自分で家を建てた人もいるしね。
ていねいでゆっくりな暮らしを紹介する雑誌も多くなったけれど
そこに紹介されるようなものではなくても
借りた田畑で米や野菜をごくふつうに育て
ふつうにただ仲良く暮らしている。
そんな豊かさのほうがじつは豊かだと思うし
ずっとしあわせで
地球にもやさしいんじゃない?とふと思うのだ。