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金がチラつくとコンセプトがブレる

米国カルフォルニア州でライドシェア事業がピンチなようです。ドライバーとのマッチングを提供しているという建前は通用せず、ドライバーを従業員として扱わなければならないとの判決が出ました。仮差し止めも失敗し、判決は執行されそうです。

2020年8月21日追記:差し止めされたようです。

破壊的なイノベーションの代表例とも取り上げられるライドシェアですが、何がいけなかったのでしょうか。一つの原因は、事業拡大を期待して当初のコンセプトがブレたことだと思います。

当初は相乗りを促す発想

ライドシェアが最初に登場した時の発想は、ヒッチハイクのデジタル化でした。タクシーが捕まらないなら、同じ目的地に行きたい人に乗せてもらおうというもの。目的地を書いたダンボールを掲げる代わりに、スマートフォンで目的地を公開しようというわけです。

もともと向かう予定だった目的地に同乗させるから、「相乗り(ライドシェア)」なのです。ドライバーからすれば、近くに行くついでに人を送って、小遣いを稼ぐという副業のようなコンセプト。だからこそサービス利用料はタクシーより安く設定されます。

問題は、ライドシェア・ドライバーを専業とする人たちが登場したことです。自家用車さえあれば始められるライドシェア・ドライバーは、車文化の地域であれば誰でも始められる働き口です。仕事がない人、低収入だった人などが、「ドライバーを専業でやったほうが稼げる」と転身しました。

ライドシェア事業者にとっても、専業ドライバーが多い方が利用者増が期待できます。事業拡大を期待する上では、好ましい傾向だったかもしれません。しかし、この段階で相乗りというコンセプトは崩壊しました。専業なら相乗りでもなんでも無いですよね。

改めてサービスを考える

サービスの仕組みそのものを考えてみましょう。人の移動を車で代行し、対価を得るという仕組みは、タクシーもライドシェアも変わりません。

タクシーもライドシェアも、移動サービスとしての根幹は「移動したい時に使えること」です。その点で両者に差は無く、どちらもサービスに必要な物的資源と人的資源に大きな差はありません。スマートフォンを使った配車、決済などの仕組みがあったとしても、それほど優劣を決定的にする直接的な要因にはなりづらいでしょう。

ライドシェアが大きく変えたのは、ドライバーの数と利用料の安さです。建前として相乗りのマッチングを提供するだけの業態では、タクシーの車両数や価格といった規制から逃れられました。サンフランシスコ市内では、タクシー1800台なのに対して、配車サービスドライバーが4万5000台もいたそうです(2017年時点)。

ライドシェアのドライバーは社員ではない前提だったので、タクシー業界が負っていた福利厚生や車などの設備投資もかかりません。台数が多くて捕まえやすく、コストがかからないため利用料が安い。タクシーよりライドシェアの方が使われるようになるのは自明でした。

しかし、ライドシェアの仕組みであっても車の購入費や整備費、ドライバーの福利厚生に代わるコストが無くなった訳ではありません。事業者の負担から、ドライバーの負担に変わっただけです。視点を変えれば、ライドシェアとは、ドライバーからの搾取を強めた新興のタクシー会社のようなものになっていたのです。

同じようなサービスでありながら、料金が安く配車台数も多ければ、タクシーよりライドシェアを好んで使う利用者が増えます。タクシードライバーは稼げなくなり、ライドシェアのドライバーへ鞍替えする事態も起きます。

ライドシェアはタクシー業者の負っていた負担をドライバーに押し付けているので、タクシードライバーからライドシェアドライバーへの鞍替えは収入源につながります。

ITを使って効率化したコスト削減によってドライバーの収入源を防げればまだ良かったのですが、ライドシェア事業者同士の価格競争によって搾取の程度は加速。普及するほどに貧困層が拡大する悲劇の業態となってしまいました。カルフォルニア州での「ライドシェアドライバーの従業員化」は、こうした残念な実態への対処でしょう。

ライドシェアの再登場はあり?

コンセプトの崩壊から、ドライバーへの搾取を強める事態を招いてしまったライドシェア。もし、当初のコンセプト通りヒッチハイクのデジタル化を突き詰めるのであれば、専業ドライバーの登場を防ぐような仕組みを導入するべきでした。しかし、同事業の急成長は専業ドライバーの登場によるもの。コンセプトを守ったままでは現在ほどの事業拡大はできなかったかもしれません。

貧富の拡大は、政治的には是正すべき悪です。タクシー業界の規制対象外だったからこそ拡大できたライドシェアですが、それが貧困層を拡大するというのであれば規制が入っていくでしょう。ライドシェアも、タクシー会社と大差ない業態へと変わろうとしています。

市場を賑わせたものの、結局は新興のタクシー会社だったライドシェア。その登場は意味が無かったのかといえば、そんなことは無いでしょう。規制に守られ、変化が乏しかったタクシー業界にとって、アプリを使った事前配送や配車、決済などのサービス向上を促したのは、間違いなくライドシェアによる市場の破壊です。

ライドシェアの登場なしにタクシー業界がサービス内容を改善できたかは、かなり怪しい。危機がなければ、利益が出ている既存事業を改善しようとは思わないもの。参入障壁が大きい企業ほど、イノベーションは起きづらいものです。

ところで、コンセプトがブレた結果として危機に陥っているライドシェア業界なわけですが、彼らのおかげで「ライドシェア」という発想そのものは広く定着しています。今から「相乗り」のコンセプトを守ったサービス提供を考えてみてはどうでしょう。認知が広まっているからこそ、副業限定でしかドライバーになれないライドシェアが成り立ち得るかもしれません。

民泊もホームステイのデジタル化だったのが、いつの間にか不動産の1日貸しに変わっています。ホテル予約サービスも、価格比較のはずがホテルからの搾取ビジネスに成り代わり。メディア事業の中には、読者への情報提供ではなく、公式ページよりも検索上位に出て広告を出させることを主眼にしている業者までいるとか。

本来の事業が目指していたコンセプトは興味深いものだったのに、事業拡大という餌がチラつくと内容がブレ、搾取やトラブルを招いたりしまいがちに。組織として、「そもそも何を目指すのか」というコンセプトは明確にしたほうが良いでしょう。事業が利益を求めるのは、さらにコンセプトを追求するためのはずです。

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モノカキ・広田望
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