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東京に住む龍 第十話 千客万来②

 新学年がスタートした。卒業必須単位以外にも、国のお金で勉強できるなら、これはお得ではないかと必須単位以外でも積極的に履修登録をした。もう必須では無くなったが、ピアノは卒業年次まで続けることにした。去年がバッハで今年はモーツァルト、来年はロマン派を考えている。

 リストの超絶技巧は土台無理だが、ピアノは小手毬が唯一持てる西洋音楽との接点だと思っている。流行り音楽からクラッシックまで、現世の現在日本では西洋音楽が主流だ。日本文化の源流だと、邦楽科の連中が騒いでも、邦楽を断絶させたのが現状の日本音楽。プロの雅楽師になるならば、クライアントの要望に応えるため、クラシックや流行りのポップ音楽の演奏も出来るように、西洋音楽は身体に染み付かせないと感じている。大学の授業料だけで名の知れたピアニストにレッスンを見てもらえるのはお得だ。追加料金も掛からない。これを馬鹿龍に話したら、

「さすが僕のお嫁さん!」

 理解不能な褒められ方をされた。奴が龍だと思うと、最近は順当な反応だと思うことにした。我儘神獣の反応を楽しめばいい。ふと相模三郎さんの「楽しいことはじゃんじゃんやろう」という言葉を思い出した。

  講義が終わり地下鉄を乗り継いだ、家に帰る前に商店街で夕飯の買い物と、ドラックストアで、奴に頼まれていた歯ブラシを買った。でかくなると小宇宙くらいの大きさになる龍が、人間の小さい歯ブラシでいいのかって、納得できないのだけれど、人間の姿では朝、辰麿は歯ブラシを使っている。

 ドラックストアから、龍神社に向かってたらたらと歩いていると、不意に横から手を掴まれた。辰麿の眷属の狸だった。

「あら田貫子さん、何か用」

 幽世に近いせいか、この商店街は人間に化けた妖怪が働いている。それを区別出来る凄い才能を、龍と結婚しただけで身に付いたのは、驚異だと小手毬は思う、だが人間の友達に自慢出来ないことは、詰まらないとも思う。

「御料人様、烏天狗にこのパンを届けてくれませんか。ついでに米粉のパンが完成したので、青龍さんやお宅の皆さんで試食して欲しいのです」

 いかにも狸が化けているらしく、小太りな可愛い小母さんに。ぎっしりパンの詰まった大きなレジ袋を二つ押しつけられた。

 龍神社に帰ると、いつものように社務所に、辰麿と元人間の妖の鈴木さんが、パソコンに向かって仕事をしていた。達磨のを覗いてみると、「祝詞メーカー」というソフトで、週末に予約のあった、近所のデザイン事務所の商売繁盛の祝詞を下書きしていた。これを和紙もどきの紙にプリントアウトすると、毛筆で書いた巻紙のように見えるのだ。神道業界も大概だな。貰ったレジ袋の中身を見せると。辰麿は目ざとくチョコパンを鈴木さんは「これは贅沢な」と言ってメロンパンを取っていった。十勝メロンを使っているそうだ、後で頂こう。

 烏天狗は家に居るのではということで、社務所の脇から結界を抜けると、龍御殿の前の広場に出る、烏天狗達が集団で住む、武家屋敷に行って声をかけた。

 烏天狗の家族構成はよくわからないが、男世帯でぱっと見若い男が十人近くいる。同種の烏天狗だけれど血縁関係があるのか見た所不明だ。道場が奥にあって昼間通りかかると、よく掛け声が聞こえた。パサパサパサと羽音がして上から、本物の烏が降りて来て、袴姿の若い男になった。といっても烏の嘴が付いているし羽もある。レジ袋を渡すと、恐縮されてしまった。

「道場でいつも練習しているみたいだけど、どんな具合ですか」

 烏天狗は。少し体を振るわせて嘴と羽根を隠して、ジャージの上下を着た普通の若い男性になった。辰麿より誠実そうな男だ。きっと結婚相手として友人に紹介したくなる男性何だろうな。

 天狗は日本冥界の警察ともいうべき、検非違使で働く者が多い。日本冥界には天国と野守の下にある地獄の検非違使があった。此処に居る烏天狗は地獄の方の検非違使の職員だった。日本中の幽世に検非違使が居ることは、地獄の高校の教科書で知っていた。警察の役割とほぼ同じだが、亡者の確保や神の警備など毛色の違う職務もある。

 少し烏天狗と話した、この幽世に居る烏天狗は別に家族でも親戚でもなく、男だけの合宿所のようだった。食事当番もあるが皆苦手で、コンビニに駆け込んだりしているなんて話してくれた。今日も昼飯を作り損ねた当番が田貫子さんにスマホでパンを注文したそうだが、稽古がのって来て誰も取りに行けなくなったので、小手毬に頼んだ様だった。

 面白い話を聞いた。天国地獄合わせた日本冥界には、約一万人の天狗族がいるのだが、男ばかりだ。結婚相手の女性は妖怪か元人間の家系が多く、結婚すると男の天狗しか生まないそうだ。男ばかりの家庭になるので、お嫁さんは結構逞しくなる傾向があるそうな。話してくれた烏天狗も元ミス地獄大学の座敷童が母親なのだが、今はうどん屋と格闘技のジムを経営していて、無銭飲食した不良鬼少年をぶっ飛ばしたそうだ。髪が長くて市松人形みたいな見た目なのだが、今では親父も怯む格闘家だそうだ。小手毬はそのうどん屋に行ってみたくなった。

  同じ専科の粟田朱海と田中みちると、小手毬の中学時代からの友人で文化学園大の七緒の四人で飲み会をすることになった。新学期も始まって明海とみちるとは、就活などなど溜まっていることもあって、先に飲みに行く約束をしていたのに、七緒から「飲みたいよー」とラインが来たので誘ってみたら、一緒に飲むことに成った訳だ。場所は新宿甲州街道沿いの七緒の大学近くの、居酒屋だった。

「七緒さーん、ちょっと聞いてよ!雅楽の楽団って、女性が入れないのよ。理由は宮内庁式部職楽部に男性しか居ないからだって。何よそれ」

 気が強い朱海が愚痴る。

「奈良時代とか平安時代はじめは、伶人に女性もいたの。当時は女性官僚もいたわけで、それに比べると今は女性蔑視よね。悔しい」

 全国の雅楽科の全女子大生が怒る所だ。募集年齢十六歳で大卒では就職不可能な、宮内省式部職楽部に男子職員しか居ないことを理由にして、殆どの雅楽団体が女性を門前払いしている。奈良時代なら宮廷に女性楽師がいたのにと、千年越えの怨嗟を向ける所だ。男子でさえ空きがなければ募集されない雅楽団体だが、女性にははじめから門戸が閉じられていた。朱海の憤懣は遣る方がない。

 七緒の話でも、服飾業界も百貨店業界も壊滅的で、偏差値よりファッション命で進学して来たのに、普通の大学生と競争しなければならない。彼女の大学の方も就職活動は波乱の様相だった。

 ただ七緒は服飾史の研究者になることと、家が古い和裁所で装束縫える装束師になると決めていると話された。芸大の三人はほほーと感心した。

 彼女の進む道も平坦ではなく、家業の和裁所は海外のからの攻勢にさらされて、和裁師さんに十分な給与を払えず、コンビニのパートに転職されている。普通の和裁所では先行きがない。七緒は平安装束や神官の装束に関心を持ち、衣紋道の研究所に通っていた。はじめ大して身を入れていなかったが、小手毬の結婚式で女房装束の着装の手伝いをしたことで、一挙に火がついた。東日本で神官装束の縫製や修理をする所は少ない。これを家業の和裁所で出来る様になれば、低利益体質を脱せられると考えたのだ。

 さらに研究者にも成ることを考えて、他大学の史学科の院を目指しているのだそうだ。

「東大の史学科の院を目指しているのよ、野望ね!」

最終的には東大史料編纂所に行くのが希望だ。針を持って古い着物を再現出来ることは、研究者としても凄い強みだ。

七緒の前向きな姿勢に、芸大で燻りそうな三人は目を見開いた。それでもぐたぐたな現実に四人は、開店直後に居酒屋に入店して三時間も飲み続けた。大根サラダは水っぽくなった白いドレッシングに、切れっぱしが浮き。刺身の盛り合わせの皿には無残にばらばらにされた大根と人参の妻しか残ってない。店員がすぐ下げるので、小手毬は自分がいったいビールを何杯、酎ハイを何杯飲んだのか分からなくなってきた。朱海はもっと底なしだ。

「水神は結婚して、巫女さんになったから、勝ち逃げしたわよねー」

朱海が言うのに、みちるがすかさず、

「惜しい!卒業コンサートに早々と推薦だよ。実力あるからもったいないよー。一流の雅楽師になれるのになー」

七緒が聞いて来た。

「雅楽師さんの直垂って、なんか変な色。緑というか茶色?何なの、装束としてはよく分からないものだわ」

「宮内庁の楽部の伶人の衣装の事、あれは経糸と横糸の色が違って、片方が茶色で片方が緑の、海松(みる)色です。あと狩衣も良く着るわ。神主が着ている狩衣を使っていて、結構いい値段でネットで買えるんだけど、私はヤフオクで赤いの買ちゃった!」

「ちあき、男装女子だから」

「水神は女子力高いよね。直垂?狩衣じゃなくって、十二単?」

「小手毬は十二単を持ってるもの。五節の舞をやって欲しいな。勿論演奏に私達を呼んでさー」

「五節の舞か。雅楽を習いはじめ時、辰麿に神社に奉納するって言ったのだけれど、何時になるのかな」

小手毬はふと高校生の時に、辰麿に能天気な希望を話したことを思い出した。舞楽の練習も本格的にしないと無理だなと、どんよりした。

 店員が退店を促す為なのか、覗いて行く。酔いのまわった朱海が、

「そういえば、アンサンブル、ユニットを組む卒業生多いよね。洋楽の連中はオーケストラに加入しても気の合う仲間と組むってパターン。メジャーデビューなんて大そうな事にならなくても、活動が出来るのでは、そのうち大手の雅楽団体に拾ってもらうとか。

 千秋が男装女子で水神が巫女さん?折角持っているのだから女房装束で姫をやりなよ。私は坊主だから受けるんじゃない。」

 時刻はまだ八時過ぎだったので、店を後にし新宿駅のルミネの中にあるカフェに移った。明るい店内でケーキを頼んだことで、雅楽アンサンブルの話が盛り上がった。七緒は平安装束作るから協力したいと言い出した。七緒の話では一人で着れる丈の短い装束のアイデアがあって、院に通いながら小さいブランドを立ち上げる夢も持っている。

「子供用の、簡単に着れる水干とか出来ないかなー」

 小手毬は地獄で見た子供用水干の事を思い出した。直接に地獄天国幽世の神様や鬼妖怪の話は出来ないが、胡蝶さんが言っていた水干は育児で大助かりを現世でも実現できないかと思った。

「七五三とかお祭りに子供たちに貸せたら、可愛いなと思って。着終わったら化繊で、洗濯機にボーンと出来る奴は出来ないかしら」

「ちょっとそれいい!紐が取れるなら安全に出来そう。考えてみようかしら」

つづき 第十話 千客万来 ③

前話 第十話 先客万来 ①

東京に住む龍 マガジン


あとがき

龍と人間のピュアでない異種婚姻夫婦は、現世・天国・地獄に神社の裏にある幽世を自由に行き来します。青龍=辰麿は実は妖怪のお友達も人間のお友達も多いいのです。

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