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ウルルの神様②
トモです。
タイトルがエアーズロックからウルルに変わった。どうやら今はウルルと呼ぶのが正式らしい。元は1873年に西欧人の探検家に発見され、西欧にその存在を轟かせることになったウルル。その時のオーストラリア提督の名前がヘンリーエアーズという人でその名をとってエアーズロックと言われるようになったらしい。もちろんその発見より前からあるわけで、アボリジニにとっては聖地、聖域として最も重要な場所であった。そうした文化を尊重する動きも高まり、95年にはアボリジニの呼び方ウルルに統一することとなった、とあります。
ちなみにこの一枚岩の巨岩は世界一ではなく、二位らしい。一位はというと同じオーストラリア内にマウントオーガスタスという巨岩があるようだ。なんとウルルの2倍の大きさというのだから、圧倒的な大きさなんだけどなぜか有名でもないし、観光としてもそこまでは、という感じである。それはウルルの持つ圧倒的な「美しさ」に他ならないと思う。
そしてその「美」は日本ではやはり富士山がそれに当たるのではないだろうか?何度見ても、毎日見ても見飽きることなく姿を変える。空を巻き込み、雲を巻き込み、色をとりこみ、無限の変化を見せる。霊峰という言葉がこれほど似合う山も他にない。
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そんなウルルという聖地に近いところで、おのおの目を覚ました我々一行は、軽い朝食を済ませてバスに乗り込む。
なんだか眠ったのか眠ってないのかよく分からない夜のせいと、地べたに寝た腰回りの違和感で決してめちゃくちゃ元気な朝ではなかったことは確かだ。
それでもしばらくバスに揺れると、
なんとなくそろそろウルルに近づいている空気感がバス内に漂い、みな目の輝きが変わってきた。
ガイドがマイクを持ち、説明を始める。はるか前方にようやくウルルが見え始めるとバス内はワクワクの気で満たされ、ザワザワし始めた。だからといって、そこで急にハイタッチしたり奇声を発するような人は一人もいなかった。皆はしゃぎたい気持ちを、大人の理性で抑えているような感じだった。
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それはみんながなんとなく分かっているウルルの神聖さとアボリジニに対しての敬意みたいなものだろうか。
そんなみんなの気持ちを分かっているかのように、ガイドは話し始めた。いつになく真剣に。
ここがアボリジニにとって聖地、聖域であること。そこに入らせてもらって、さらにはその巨岩に登るということ。それがどういうことなのかだけは理解して欲しいとのこと。アボリジニたちにとってはウルルは拝んだり敬ったりするもので決して登ることはない、崇拝の対象であること。岩山は滑りやすく毎年何人も滑落事故で亡くなる人もいること。など。
そんな話をしている間にウルルはどんどん近づき迫力をましてくる。
ガイドは口にする。バスが止まって降りたら、数時間後の指定の時間にまたこのバスで集合です。私は一緒には行けません。このバスで待っています。と。
何だか足取りが重くなる感じなのだが、
それも理解しつつ、バスを降りていく。
その時、登らずにバスに残った人もいたような気もする。
この辺は難しい所なんだが、一応観光として認められている場所であるし、そのためのこのツアー。なんだか矛盾しているようだが、登る登らないは個人判断。
これを読んでいる高尚な方々からは、自分なら登らないなという声も聞こえてきそうだが、我々は登った。失礼かもしれないが、だいぶウキウキして。
バスを降り外に出ると、他のルートからから来たバスも何台も止まっていて、登り口は背後に迫るウルルをバックにみな写真を撮ったり楽しそうな雰囲気だった。
ウルルの頂上までは、途中チェーンがあってそこを伝って登ってり降りたりする。
岩山もかなり滑りやすいから、荷物は最小限、両手が空くように。カメラで撮る時は最新の注意を。などと再度の注意があり、うちらもこれに従いほとんどの荷物はバスに置いて行った。片道1時間程度なので、まぁすぐに戻ってくるからと思ったし。
これが悲劇のきっかけだった。